elude丸

日々の思い描くことをツラツラと綴るブログ

*

「コーヒーと一冊」シリーズは卑下した私を変えてくれるか?

      2015/08/24


みんな、しっかりと活字本を読んだのはいつ頃だろう思い返して見よう

book_katuji

先日、BLOGOSにて面白い記事を見つけたので紹介したいと思います。
記事はコチラ

三島邦弘(ミシマ社代表)×内沼晋太郎(B&B):「コーヒーと一冊」から考える、これからの「本」の話

詳しくは記事の方を読んで頂きたいが
私個人としてはこの考え方「あり」だと思っています。
コーヒーと一冊」は良い着眼点ではないだろうか?

実際、記事内のインタビューなどでも話題に上がっていますが
最近、私個人としても本を読了した記憶がない。
(今、現在も数ヶ月前に買ったイスラム国の衝撃が未読のまま)
そういう、読了できない人が増えているというが
それは昔以上に人の時間消費の選択肢が多く存在するからではないだろうか。

一般的な成人の場合、昼間は仕事をしている。
自由な時間というと、朝、昼食中、夜ぐらいだろう。
その点は今も昔も変わらない。

しかし、変わっているのは昔以上に
人と人との接点が何かと多いことだ。ある意味で煩わしいほどに。
友人や知人、同僚や上司などからSNSでの繋がりが送れれてくる。
ツイッターやLINEなどなどのつぶやきに返信したり、読んだりと時間を消費するし
自分もまた彼らとの繋がりを持つため、SNSで呟いて時間を消費する。
昔にあったのは電話ぐらいで、それほど頻繁に鳴るものでもなかった。
(占有していたらオカンに怒られたぐらいだw)

他にも昔以上に様々なインターフェイスで「ゲームが溢れている」
無料ゲームという形で、取っ付き易く誘惑満タンに配信がされている。
プラットフォームはスマホからパソコン、タブレットまで
種類は様々で豊富なラインアップが無料ゲームにあり、丁度いい時間の消費ができてしまう。

また、昔は映画を見ると言えば映画館。その後、レンタルビデオが展開されるが
今はオンデマンドのVODにて、家にいながら容易に見ることができる。
映画好きにはありがたい時間の消費。

このように、昔以上に時間消費するためのコンテンツが
身の回りに溢れてしまっている。そうなったとき、何百ページという新書を
広げてしっかりと読もうというのは。
読書初心者読書リタイア(昔は読んでいたが最近読まなくなった)には
少々厳しいのかもしれない…。

起承転結のまどろっこしさと音楽の持つ力

話は少し変わるが、テレビ番組「ナカイの窓」の少し前の放送で
イラストレーターの「326」が久しぶりにでていた。
独特のイラストで人気を博し「19」というユニットで楽曲も出していた。

そんな326が「音楽は卑怯だ」と言っていたのが記憶に残っている。
出演者の中では、すんなりと受け入れられない発言だったが
私個人としては、多いに共感した。実際、私もそう認識していたからだ。
補足と共に、326さんを擁護すると、決して「貶している」訳ではない。
音楽の良さ、力強さ、そして、訴えかける力の凄さを知っているからこそ
卑怯だと言いたくなってしまうのだ。ある意味で脱帽してしまっている。

もともと、私は20代の頃に小説を書いていた経験がある。
そのため、話を執筆する苦しみだとか、楽しみを素人ながらに知っている。

だからこそ、「起承転結」をしっかりと作りこみ、読者を文章という荒波に誘う。
文章の中には暴風や高波。時には美しい孤島やイルカの群れ、ビキニ姿の女性など。
様々なイベントが刺激的な演出として読者を魅了し
さらなる文章の沖へと誘い、目的地という宝島へ向かう。
そこには感動や怒り、喜びの財宝で溢れており、果てしない航海が読書の醍醐味とも言える。

しかし、音楽はたかが3分そこらの楽曲で、人々を号泣され、感動の嵐へと持っていく。
特に生ライブとなると、歌手の生声の威力は計り知れない。
実力派シンガーと呼ばれる「Superfly」など核弾頭ほどに感涙が止まらない。

そこに「卑怯」という形容以外を用いられない卑下する素人が私なのだ…。

活字本とそれ以外をコンテンツとして比べてみる

コンテンツとして、それらを比べてみよう。
読書し、読了するまで何分だろうか? 40分? 1時間?
しかし、音楽はそれよりも短い時間で感動を与えてくる。

では、その後の余韻はどうか。
読了後も何かと試行錯誤は続く、あの時のセリフ回しや
あそこでの伏線。あんなセリフ回し格好良い、好きだったキャラクターなどなど。
しかし、一人で浸る余韻より、誰かと対話して共有する余韻の方が楽しい。
そうなると、映画や音楽の方が簡単に触れられるコンテンツということもあり
そもそものハードルの低さに違いが生まれており
それらには優位性があり、余韻の共有も簡単だ。

そう考えるほどに読書というコンテンツには
他のコンテンツよりも優れた優位性が見付けられない…。

これらの観点からも、読了することが容易な
コーヒーと一冊」というシリーズに対して大いなる期待をしている。
本を読まなくなったみんなが、少しでも本を読む機会に恵まれ
映画や音楽、漫画以外の余韻の共有とし
1つのコミュニケーションコンテンツとして一役できるだけの力が発揮できること私は祈っている。

この投稿を卑下してしまった私からの、ミシマ社へのエールと変えたい。

 - ヨモヤマ