elude丸

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映画「オデッセイ」絶望に立ち向かうためにまずは始めることから

      2017/04/03


映画「オデッセイ」の感想へと入る前に……

本日は映画「オデッセイ」を観てきました。
映画の感想ということで、なるべくストーリー展開を紹介するようなことは避けたいが
どうしても読んでいくと推察できる。ということも起こりえます。

この作品に興味があり、今後観る予定を立てている。
なんていう人は読み切る前にページから離脱することをオススメ致します。
映画感想に興味があるなら、過去の観た作品の感想がコチラにあるので
こちらで口を濁していただければと思います。

映画「マイインターン」大人の魅力がたっぷりと詰まった作品
映画「ピクセル」レトロなゲームを知っていると楽しめる
映画「ジュラシックワールド」テーマはキズナだろうが関係なしに楽しめる
映画「ミニオンズ」頭を空っぽに只々楽しめる映画

さて、それではここから映画「オデッセイ」の感想に入りたいと思います。

映画「オデッセイ」は宇宙飛行士の力強さが伺える作品

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※著作権的問題がある場合には連絡下さいコチラの画像は削除させて頂きます。

まずは、作中で出てきた印象的な言葉を紹介したい。
マット・デイモンが演じる植物学者の「ワトニー」
エピローグにて「まず始めること」と口にしている。
これは、絶望に苛まれどうすることもできないような状況になっても
悲観視、すべてを終えてしまう前に。まずはできることから始める。
そうやって階段を登るようにステップアップを繰り返すことで目標へと近づける。
という意味が込められており、この映画の伝えたい言葉、なのだと理解できる。

そしてマット演じる、ワトニーはそれを火星という遠く離れた地で実践するのだった。

確かに映画として主役なのは、マット・デイモンである。
だが、宇宙飛行士だけで宇宙へは飛び出せない。
膨大な運行情報を作成するには専門的な計算ができる人材が必要で
ロケットやその他機器などを作る人材も必要になる。
それらができるのがバックアップ体制を整えているNASAの技術班スタッフである。
今回の作品では多くのNASAの技術スタッフもドラマティックに描かれており
火星に取り残されたワトニーへと補給物資の搬送から
救助方法、食料自給、シャトルの打ち上げ計算まで。様々な事を支援しており
そこに描かれた緊迫感は何とも面白い。

多分に出てくる科学的知識が必要なシーンを楽しめるのか?

そんな題材のため、どうしても専門的な情報が多岐にわたって登場する。
そのため、ある程度の科学知識などがないと
基本的にはNASAがやろうとしていることが理解できないことも多く
少々、ついていけないということもあるだろう。
とは言え、映画の時間は限られており、すべてを事細かに説明することもできない。
結果として重要な部分だけは簡単に判り易い説明を導入している。
それが、救出作戦に選ばれた母船をスイングバイする方法
コミカルな展開を交えつついい形で説明できていると言える。
とは言え、他にも様々にある。
例えば水を生成する方法であったり16進数での意思疎通。空気を使っての逆噴射。などなど。
一般的とはいえない描写も多く、科学に関しての知識の下地がないと
なぜそうなるのか、理解できずに取り残されるユーザーがいないか心配する。

そんな描写の中で少々気になったことがある。
それが食料の自活のために選んだ食材の「芋」である。
普通に売られている芋でも、切って土へと埋めることで種芋となるのは知識として知っている。
しかし、宇宙へと持っていく食材が生のまま持っていくことなどあるのだろうか?
というのも、宇宙では水は貴重だ。蒸したりと料理するのに水が必要になる。
だったら、地球上で処理をしてしまい、真空パックなどで宇宙へと持っていくのが1番だ。
種芋というのは蒸していてもできるのか。その辺の知識はないが……。

そんな映画「オデッセイ」はどんな人に進められるのか?

映画としてはうえでも紹介したが、その作品性からも伺えるように
科学的な部分が大いに含まれており、どうやって火星から地球へと帰還できるのか。
そんな科学的な見地に興味がある人にはオススメしたい映画。
しかし、人間模様であったり感情移入や感動的なお涙頂戴などを期待する人には向かない。
というのも、マット演じるワトニーは500日以上を火星で1人生活しなければならない。
劇中でも1人で生きる孤独、夜にやってくる砂嵐の恐怖。
中盤ではそういう火星で生きることの苦しさや辛さなども垣間見えるのだが
後半は物語を急ぐあまりダイジェストで時間経過が早々に進んでしまう。
結果、ユーザーの意識が救出できるかどうか、へと移ってしまい
唯一グッと来るワトニーが救出に来たクルーたちと交信した瞬間に生きてこない。
演じているマットの泣きの演技は秀逸なのに盛り上がりに欠けたように個人的には思えた。

そして、映画「オデッセイ」はアカデミー賞ノミネートということもあり
大変日本でも潤沢に宣伝が行われている。
下のTVCMが多く流されており、眼にしたことがあるだろう。

このテレビCMだが、一部劇中にないシーンがある。
それが「4秒」にある「生きてるよ」というビデオメッセージを管制室のような所で見ている部分だ。
これ「マット」が話している部分、実は劇中では別のシーンで
自分がどうなるかわからず、それでも宇宙飛行士として自分の生きた証を残すために
ビデオログとして保存している映像であり、このシーンはTVCM用に合成して作られている。
実際は、通信手段もない状況で、なんとか意思疎通をするために16進数を使ったりして奮闘する流れがあり
ビデオを使ってのやり取りなどできる状況にない。
正直なところ、騙された感が酷い。詐称されたように思えてならない。
合成ということは、意図的にあのシーンを盛り込んだ事になり
本編映画へのミスリードも甚だしい訳だ。誤解を与える広告に対して
よく配給元がゴーサインを出したな。と疑問を抱かずにはいられない。
それは解りやすく伝わりやすい構成だと言えなくもないが
合成シーンをつまんで、ワトニーのビデオログ後に管制室が湧くシーンへと移ったとしても
それほどおかしく感じはしないはずだ。わざわざ合成までして詐称するのは……。いかがなものだろうか?

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