elude丸

日々の思い描くことをツラツラと綴るブログ

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コカ・コーラのレシピを盗んだ人間をライバル会社が警察に突き出した話

   


経営学を学んだ時、ライバル会社のレシピを受け取らない?

経営者がある一つの判断を下す時、さまざまな要因や推測、憶測に経験則なども交えて
これだっ!と思える選択肢を決めて決定を下す。

そんな経営者が面白い判断を下したことを取り上げた記事があるので紹介したい。

コカ・コーラの製法を盗んだ元社員の「誤算」

内容としてはシンプルだ。一読して頂くのも良いが、簡単にまとめさせて頂く。
コカ・コーラの製造法を盗んだ社員がライバル会社であるペプシにレシピを持ち込んだ。
しかし、ペプシはそれを受け取らず、警察へと突き出した。
どうして、レシピを受け取らなかったのか?という話を経済学を交えて紹介している。

これだけを読んだ場合、ペプシは道義的に
レシピを受け取ることはしなかった。と憶測が生まれてしまうが
経済学を交えた時、別の視点もできることを紹介している。
それらの視点に関しては是非とも記事を読んで頂きたい。

しかし、私個人が推察すると記事内で紹介された以外の視点もあるように思えてくる。

そんな私の視点を紹介するまえに、記事内で書かれている
もしもペプシ側がレシピを受け取ったことで「完全代替財」だと評価をしている。

2つのモノが消費者の頭の中で本質的にはどちらでも同じであるなら、だいたい厳しい価格競争が起きて利ザヤはほとんどなくなる。その結果、コークもペプシの作ったまがい物も、ほとんど儲からない代物になってしまうのだ。

確かにその可能性は十分に考えられる。

だが、得られたアドバンテージはそれだけではないはずなのだ。
なぜならペプシにはペプシコーラという自社のレシピがあり
そこに他社が秘蔵にしてきたレシピが来たわけだから
他社のレシピのまま制作するなど考えられない。

つまり、レシピとレシピの混合により
より良いコーラの製造は行うのは間違いない。
(よほどコーラのレシピに年代的価値があるなら混合などしないだろうが…)

相手の良いところを取り、自社の良い所へと取り入れる。

他にも腹黒い経営者ならば、原材料の買い占め等など
動き方というのはいろいろとあるはずだ。

まあ、あくまでこれらは過去の事柄を使った
予測ゲームなようなもので、その本心に関しては
決断を下したものにしか分かり得ないことではある。

そこには本当に道義的な意味から断ったのかもしれないし
コカ・コーラのレシピなどなくても自社のペプシの方が美味い。
と、信じていたのかもしれない。

drink_cola

ここからはちょっと脱線してコーラのレシピについて

あと、追加で関係のないことではあるが言わせて頂くと
すでにコカ・コーラのレシピというのは合ってないものに等しいように思えてしかたない。

レシピが変わっていないのはWikipedia先生によると「1919年」から、とか。
情報化社会に入る前の時代ならレシピというのは企業の根底を揺るがす重要情報で
しっかりと特許申請を行い守っていかなければならない重要なものであったはず。

だが、コカ・コーラは特許申請でレシピが公開することで
模造品が増えることを毛嫌いし、特許すら取らなかった。
と言われるほどレシピに執着をしている。

が、今の世の中。以外なほどに「コーラ」系の商品というのは
幾つもの飲料会社から販売されている。

まあ、中には「コーラ風味」と呼ぶものもあるだろうが
それでもコーラの風味を再現し、味を似せる所まではできているわけで
秘匿してきたコーラのレシピに関して言えば、ほとんど守るべきものがあるように思えない。

情報化社会において「レシピ」というのは
すでに原材料を書かれた「テキストデータ」
分量を記した「数値データ」と言えるほどに陳腐化してしまっているのではないだろうか?

まあ、ここまでの情報化社会へと進化することを
レシピを特許申請しない、と判断した19世紀の経営者が想像など出来たわけもない。
未来の人間が過去の本心を想像しかできないのと同時に
過去の人間が未来のことを見通しづらいのも同じ理由なのかもしれない。

 - ヨモヤマ