elude丸

日々の思い描くことをツラツラと綴るブログ

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漫画などの延命による長期化にも3つのパターンがあると推察する

   


漫画が長編化する中、そのパターンは3つ?

漫画家であった、ということもなく。絵に関しての心得なんかもない
私にとっては、その職業の難しさや辛さというのは理解を超えた所にあるのだが

長年続けてきたことが終わる、というのはどんな気持ちなのだろうか。
というのもいろいろと話題に登っている「こち亀」の終了に関して
興味を惹いた記事があったので紹介したいと思います。

「こち亀」終了で期待したい漫画界の「変化」

「こち亀」に思いを馳せながらも記事内では人気作品の長編化傾向に危惧されているようです。

現在、人気漫画は「長編化」の一途をたどっています。かつて「こち亀」が100巻に到達してことで驚愕したものですが、今や100巻以上ある作品なんてざらにあります。しかも「こち亀」はそれなりに続けることが可能な一話完結の形式ではありましたが、今ではストーリー漫画でも長編化が著しく、「30巻」「40巻」といってもそんなに驚かれない。それぐらいのところにまで来ている。

確かにその感じは理解に苦しくない。
結局の所、漫画と言っても原作者だけで出来ている分けではない。
そこには連載を掲載するための雑誌編集部の思いも含まれており
ある一定以上のファン層が構築された作品に関しては
ストーリーを膨らませて伸ばしに伸ばそうとする傾向が生まれてくるのも頷ける。
理解するからこそ、個人的には「悪だ」と容易に断罪したくはない
作品が長引くことで面白い展開があるかもしれないし
物語で紡がれるキャラクターに想いをはせることもできるだろう。

では、何をもって「悪」とするのか。それは現実的に伸ばすに値する
企画案を提供できなかった編集部の無能さに断罪をしたくなる。

manga_tana

漫画を作るのは原作者だけでなく、編集部も交えた会議が行われる

基本的には作品を作るにあたって、作者は大まかなプロットはつくり上げる。
ココらへんで盛り上がりが来て、ココらへんで必殺技ができて
ココらへんでピンチが訪れて、ココらへんでどんでん返しを展開して。
みたいな流れを作り、そのコンセプトプロットを元に連載を進めながら
調整をかけつつ世界観を作り上げていく。

そんな状況で人気が出てくると、編集部からの伸ばしの指令が飛び
様々な手法にてコンテンツの延命作業が始まる。
当然、延命作業においては様々な手法があるのだろう。
原作者だけで再度、プロットを作成しコンテンツの延命を行う場合もあれば
編集部などからも人材があつまり会議という形で企画案の出し合いが行われたり。
しかし、そんな延命作業を行う企画でクソミソな内容しか出てこないと

傑作が秀作に、秀作が駄作になってしまう例も数知れません。

という風に堕ちていく分けで、読者もまた離れていくことになるのだろう。

良く理不尽だと思う展開がある。それが、一度死んだはずのキャラが生き返る。という
何とも納得できない展開だ。もともとプロットとして書き込まれていたなら良いが
どうにも良い案がでず。人気だったあのキャラでも復活させるか、という
消極的な企画意図によるテコ入れ。こういうのはクソミソになりやすい。
そんな気がしてならない。

企画の延命のパターンとしては3つぐらいではないだろうか?

さて、そんな人気作品だから延命するという部分からうまく機能しているなと感じるものがある。

それが個人的にファンでもある荒木飛呂彦さんの「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズだ。
コアなファンがシリーズを通している作品であり、今なお連載を続けておられ作品でもある。

この「ジョジョの奇妙な冒険」もシリーズとしては
延命されている作品、という風に取れなくもないと考えている。
断っておくが別に「延命=悪」ではないと最初に触れたように
決して「ジョジョの奇妙な冒険」を貶しているわけではない。

そもそも延命する方法には、私が思うに「3つ」の方法がある。

基本的には原作者が作ったプロットの全体像はそのままに
中を膨らませて物語を広げ長編化して、プロット全体を長くするタイプ。
これは言うまでもない「名探偵コ○ン」タイプ。未だに黒服が謎のままなのもコレ。

もう1つは原作者が作ったプロットはそのままに
展開終了後にプラスαする形で新しいプロットを続編として接続させて
コンテンツの世界を継続する形で延命するタイプ。
これは「ドラゴンボール」「幽遊白書」などもそうでしょうね。

で、最後の1つが
世界観を共有させたまま、キャラクターだけを一新させて新しい物語を作る。
キャラクターだけでなく、時代背景を替えたり勢力を替えたりしながら
世界観を継承させる形で延命するタイプ。
「ジョジョの奇妙な冒険」もこれにあたり、実は「NARUTO」もコレじゃないかと考える。

正直な話、どれがうまくいく。というわけではない。
それぞれに短所があるのは事実だが、結果としては延命させながら
しっかりと企画を練り軌道修正などを掛けながらファンを飽きさせないようにできるか。である。

最初にあげた、「中を膨らませる」のは
結果として中だるみが発生しやすく辻褄合わせが上手くいかなくなったりする。
というのも、延命方法が煮詰まる前に使われる可能性が高く
企画のレベルが安定せず、面白くなくなる。という根本的な問題を抱えやすい。

対して「続編として接続」するのは
新しい冒険が広がり、読者を喜ばすことができる可能性があるが
原作者のテンションがついてこない、傾向にあるように伺える。
そこには「すでに完結しているはずなのにな…」という思考が働き急激な路線変更で終焉したり
気づけば戦闘力のインフレが発生していたり。というのも往々にして起こる。

「世界観を共有」するのも上手く行くように思えるが
キャラクター萌えな人たちが、続編にお目当てのキャラが出てこないことで
いろいろな意味で炎上する可能性もあるし
世界観を共有する、ということは制約を引き継ぐことになり
よほどの思い入れや、しっかりとした世界設定のプロットがないと
過去作との相違や不一致などによって世界観全体が破綻してしまう危険が伴う。

長編化する。という延命方法もそれなりに難しさもあり。
延命すること事態が悪ではないと私なりには考察する。
が、間違っては困るのが「クソミソな延命=悪」である、というのは間違いない事実であること。
そんな延命をするならば、紹介した記事にもあるように
スパっと綺麗よく終焉を向かえさせてあげて欲しいものである。

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