elude丸

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『DOAX3』VR体験会の批判に感じるのは文化的背景を突っついてくる嫌悪感

      2017/01/17


世界基準だと夢想し文化的部分にまで踏み込む嫌悪感

以前からいろいろと物議を醸すコンテンツとなっていたが
そこにVRが絡んできたことによってさらに物議を醸しているようだ。
という、内容を取り上げた記事がこちら。

『DOAX3』VR体験会が海外から批判される理由、セクハラシミュレーターに見る性風俗の価値観と非実在性

もともとは格闘ゲームのキャラクターであったものが
いつの間にやら男性からの欲望の眼差しを向けられ
ついにはVRの世界にて拡張現実という中で触れる愉しみへと昇華された。

doax3_vr
©コーエーテクモゲームス

そんな作品について、あいも変わらず海外から
様々な意見が噴出していることを取り上げている記事で
何とも過激な言葉として「セクハラシュミレーター」という言葉までできている。

しかし、コーエーテクモは攻めよるな。と関心させられてしまう。
というのも、すでにVR化する以前からいろいろと物議を醸すコンテンツなのに
それをVR化すれば、さらなるツッコミは避けられない。
にも関わらずそこへと向けて開発を進めていた分けで、…炎上商法?と感じなくもないが
ここまで議論されるコンテンツになっていることを逆手に取っている。
というのはあるのではないだろうか?

性に関する違いは「文化」的側面があることは間違いない

しかし、性に関しては本当に日本と海外。特に欧米とは
全くもって異なっていると痛感させられる。

日本的表現の言葉として「嫌よ嫌よも好きのうち」というのがある。
これは別に男性的観点から、征服欲を満足させるためだけ。という意味ではない。

日本人の本質として、奥ゆかしさ。という部分を持ちあわせており
同時に性的行為そのものに対してはクローズドな風習を持っており
欲求を後ろめたく感じる部分もあり秘匿するべきモノ。という考え方が少なからずある。
欧米のようにオープンな風習を持ちあわせてはおらずガッツリモザイク無し
でAVだって販売することすらできない。

つまり、「嫌よ嫌よも好きのうち」という言葉には
男性から女性へと向くだけでなく、女性から男性へと向く。
ある意味で空気を読んで性的行為へと誘って欲しい。という雰囲気もあるのだろう。

間違っても「嫌よ嫌よも好きのうち」という理由による
強要とは異なることは明確化しておくと共にそれらを肯定しているわけでもない。

その時点で、すでに海外と日本との違いがあり
ゲーム云々ではなく、文化的な違い。と言わざるを得ない。

こんな時に出てくる世界規模で語る文化の否定に嫌悪感

こういう問題が出た時に、私個人的に嫌悪感を覚えるのは
世界基準を振りかざし日本文化を否定してくることにある。

まるでその世界基準がより効果的で、結果が伴うこと。のように語ってくる。
その結果、世界基準を日本へと押し付けようとしている。

だが、本当にその世界基準が機能しているのか?と問いただしたくなる。

というのもアメリカ合衆国と日本の「強姦」のデータをWikipedia上にあったので
それぞれを見比べてみたいと思う。……Wikipediaかよ、と思わなくもないが
出典元がしっかりしているので引用させて頂く。
あと、日本とアメリカ。ということで調査機関も異なれば事件の判断も異なる。
実際、日本の場合には「強制わいせつ」という項目があり同一には扱いづらい。

アメリカ合衆国の発生率「36.6%」(人口10万人の暴力発生率)
日本の発生率「0.98%」(人口10万人の暴力発生率)

リンク:アメリカ合衆国の犯罪と治安日本の犯罪と治安

これだけを見た感じ、どちらの文化的背景の方が効果が高いのか
わざわざ言葉を費やす必要もなく、明らかだといえる。
日本の文化についてあれこれ言うなれば、自分の国の数値を下げて効果を示したうえで
より良い結果を示して頂きたい。と言わざるを得ない。

そもそも今回問題となったコンテンツに関しては
人権という部分もないし、別にプログラム的に言葉を発しているだけに過ぎない。
その言葉を「カモーン」「オウ、ベイビー」なんてものに変えれば
問題にもならないのだろう。

というのも記事で書かれているように「嫌がる女性」というのがネックになるのであり
女性の方も触れられることを受け入れていることを表現するため
誘うような言葉を話しさえすれば事足りる訳だ。


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