elude丸

日々の思い描くことをツラツラと綴るブログ

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「惰性」でゲームしない、という考え方に私も納得できるし、そうならないように親がするべき

   


「惰性」というマイナスな感情ではなく楽しみながらプレイしよう

なるほど、確かにその考えには賛同させられる。という記事を読ませて頂いた。

子どもが惰性でゲームやるとか、ないわー

たびたびこのサイトでも取り上げさせて頂いている「シロクマ」さんの記事で

「惰性でゲームを遊ぶような姿は子どもにみせないし、子どもがダラダラ惰性でゲームやっていたら止める」
という記事に対する自分なりの考え方を表明したものになっている。
その元記事というのはこちら

では、それがどういう表明だったのか引用させていただくと

子どもが「暇つぶしとして、惰性で」ゲームを遊ぶことには、やはり不自然で不健康な印象を禁じ得ません。ゲームに限ったことではなく、子どもが遊びを「暇つぶしとして、惰性で」遊ぶこと自体が、望ましくないし、なんだか不自然なことのように思えるんですよ。

私、この考え方には大絶賛の大賛同。まさにその通りだと思います。
どんなことでもいいので子どもの時には目を輝かせて楽しめるものを与えて上げたいと考える。

だからこそ、それがゲームだろうと、読書であろうと
勉強だろうと電車・飛行機などを見るのが好き。などなど
さまざまなこと、どんなことでも良いので熱中したい、興味関心を惹くことなら。
それを楽しんでもらいたいと考えている。そして、それを与えるのが親の務め、そう考えずにはいられない。

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ゲームは目に悪いゲーム脳になる
という風に拒絶だけをするのではなく、熱中できるなら取り入れ
より楽しみが伝わるように協力プレイだったり、対戦だったり、時には接待プレイもする。
そして、同時に大人のずる賢さを教えてあげることもできるかもしれない。

2016年8月にオリンピックがあり、卓球の女子でもメダル獲得がありました。
福原愛選手は幼い頃から卓球少女としてテレビに出ており覚えている人もいるでしょう。
彼女は負けて涙を流しながらも、決して諦めずに試合を続けますし
練習中だって涙を流して悔しがりながらも卓球を続けてきた。

ですが、あそこに親がやれというからやっている雰囲気はありませんし
言われるがまま、惰性で練習している。という雰囲気もありません。
自分で楽しく、うまくできないことが悔しいから涙を流しながらも
よりうまくなりたいという思いがあってひたむきに続ける練習があった。

子供の頃の特権は「旺盛な好奇心」それをどう活かすのか

子どもの頃というのは、何かにつけて好奇心が旺盛なもの。
大人になってはなかなかに出せない集中力を持っており
旺盛な好奇心を持って、物事に当たることが出来る。

それは逆を返せば「子どもの時にしかできない貴重な経験」である。
そういう貴重な時間があるのに惰性でゲームをプレイするのではなく
もっと興味を持って、楽しめるものを見つけることに
時間を使うべきなのだと。私自身も考えるからこそシロクマさんの考えに賛同する。

幼いころの私には、1人変わった友人がいました。
それはマッピングするのが好きという得意な趣味を持っていた。
マッピングというのは、Wizardryのような3Dダンジョン探索ゲームなどで
探索している地点を間違わないように、方眼紙などを使って地図を自作する人の事を言う。
(昔のゲームは今ほど親切設計ではなかったのですw)

その友人はマッピングするのが好きすぎるあまり
一度作ったマップを破棄し、改めて作りなおす。という
時間の無駄とも思えることを繰り返していた。

当時の私でも「無駄じゃない?」と思っていたのですから
今考えても無駄の何者でもない。
ですが、マッピング好きな友人からすれば
それが夢中になれる、熱中できる楽しさでもあったわけだ。

熱中できる時間は人生でも短い

正直な話、時間を潰すための惰性のゲームというのは
大人になれば嫌でもできてくるもの。
というのも、大人になればそれまでの経験が生きてきて何かにつけて効率的なプレイ。
というのが出来るようになり時間を潰すためのプレイ、というのも嫌でもやることになる。

しかし、ゲームとなると惰性になりやすい側面もある。
というのはRPGなどにある「レベル上げ」というものだ。
どうしても作業になりやすく、戦うボタンをポチポチと押すだけになりがちだ。

しかし、そんな時にこそ。親御さんだからできることがある。
それは遊んでいるゲームについていろいろと疑問を投げかけてみること。
というのは如何だろうか。

例えばRPGなら出てくるモンスターがいるが
どうしてこのモンスターはココにいるのだろう?とか
このモンスターAとモンスターBは一緒に出てくるけど本当に仲が良いのか?など
その質問には明確な回答は必要ない。つまりゲーム内設定というのはいらないのだ。
必要なのはやっているプレイヤーがRPGという世界に入って
世界設定を自分の中で造れるか、想像することができるか。

そういう想像を掻き立てる事を質問してあげることで
興味や関心を持ってゲームを楽しむことが実現できるのでは?
と、子供がいない身の上ながら想像してみる。

 - ゲーム, ヨモヤマ