elude丸

日々の思い描くことをツラツラと綴るブログ

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「うまい棒」はどうして売れ続けているのだろう、思考実験してみる

   


「うまい棒」という脅威のロングセラー商品を思考

先日、寝る前に何気にゴミ箱に捨ててあった「うまい棒」のパッケージに
目をやり、こんなツイートをしている。

この謎なんでなんだろうか?とどうしても疑問に思ってしまう。
いや、売れているから売れ続けているんでしょ。
と言い切られてしまうと、それまでであり。それでは思考停止と同じである。

どうして売れているのか、どうして売れ続けているのか。
そういう部分に目を向け、自分なりに思考練習することは
決して悪いことではない。と自分なりに信じておりちょっと思考練習してみる。

そもそも、うまい棒とは10円で購入することができる駄菓子である。
駄菓子とは「駄」と付くように小さな子どもでも購入できる優しい価格帯に抑えられたお菓子のこと。

売値は先にも書いたように「10円」だ。
それが私が幼い頃から「10円」であったことを考えると企業努力の賜物であるのは間違いない。
中身はもしかすると変更されているかもしれないが値上げせずに
10円というラインを踏みとどまったことは製造している「やおきん」の素晴らしさと言える。

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うまい棒が今なお売れ続けていることの要因とはなんだろうか?

では、そんな基本情報を元にどうして売れ続けているのだろうか?
ということを思考してみたい。

そんな思考を始めた時、ちょっと別の角度から一つの言葉が浮かんでくる。
それは芸人でもある「明石家さんま」さんが言っていた「ギャグは言い続けろ」という言葉である。

芸人の中には「一発ギャグ」というもの持っている人がいる。
ダンディ坂野さんの「ゲッツ」もそうだし、村上ショージさんの「ドゥーン」もそう。
ギャグというのは言い続けることに意味があり、言い続けることで共感してもらって笑いが起こる。
その事を理解しているからこそ、さんまさんは「言い続けろ」とおっしゃっている。

その「ギャグは言い続けろ」というのと「駄菓子は販売し続けろ」というのが
私の中には同列のように思える。

販売し続けることでコドモがオトナになりファン層が広がる

オトナな私も時たまコンビニなどで「うまい棒」を見つけると無性に食べたくなり
何本か手にとってレジに持っていき、昔を懐かしむように楽しんでしまう。

ここにあるのは望郷の彼方へと去ってしまった
幼き頃への記憶とともに、昔と変わっていない味のなせる技であり
息長く販売し続けることの意義ではないかと考えてしまう。

最初の議題に戻って「売れ続けている」のではなく「売り続けている」
のではないだろうか?

正直、価格帯も安く一本あたりの利益などたかが知れているだろう。
が、売り続けるための努力を「やおきん」は模索し続けて来た結果
現在も販売を続け、あの懐かしい味を未だに維持し続けてくれている。

では、どんな努力をしてきたのか?
まずひとつ言えるのは「コンビニチェーンへの卸し」だろう。
流通経路は外部には分からないが、コンビニ店で駄菓子の一部を扱うようになったことは
大きな転機だったろうと推察する。

それまでは町の駄菓子屋にて販売していたものが都市部の発展。
地方では若者世代の流出や出生率の低下などにて駄菓子店が大いに姿を消してく
その時、新たな卸場所となったのがコンビニチェーン店である。

駄菓子製造企業からするとコンビニは各地方にも店舗展開しており
これまで出荷できていた地域だけでなく、一気に販路を広げることも期待できた。

とは言え、仕入れるコンビニ店において利益など出るのだろうか?
もちろんコンビニ店にも利点がある。それは駄菓子は店売りの棚スペースを取らないこと
そして、価格帯が安い商品だから手軽に手にとって貰える。
何と言っても10円という価格帯の商品は希少でもある。

これらを踏まえて思考実験を合わせてみると
駄菓子製造の企業努力だけでなく、売り続ける努力を懸命に続けてきた
それは販路においてもそうで、現在のニーズに合わせる努力を行い
製造・販売店。双方、利益が出しやすいところを見定めしっかりと販売戦略を踏まえて卸している。

という風に私の中では思考のまとまりが付いている。
とは言え所詮は部外者の私が出した思考実験の答えでしかなく、なんの確証もない。
しかし、「売れ続けている」という自信によって胡座をかくようなことをせず
「売り続ける」努力を惜しまなかった。そんな企業努力を感じずにはいられない。

 - ヨモヤマ