elude丸

日々の思い描くことをツラツラと綴るブログ

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保育園を拒む地域は、子供を一緒に育てようという気概を感じない

      2015/08/08


本日の投稿はこれまでにない切り口の話を紹介。
まずはこちらの記事を読んで欲しい。

保育園を拒んでいても、町が老いていくだけだと思う。

これは先日に目黒区で起こった「保育園の反対運動」を受けて取材された記事である。
皆さんもこのニュースを耳にしたこともあるだろう
各テレビ局のワイドショーで取り上げられていたので、記憶にも残っていると思う。
あの事件をしっかりと取材されての記事。
個人的には「プレジデントウーマンオンライン」のこれらの記事も読んで頂くとなお良い。

目黒区の保育園の開園延期は、誰が悪いのだろうか
保育園に反対する理由。わかるようで、わからない?

boy_mushitori

そんな記事を書かれた著者は「境 治」さん。マスメディア論などで大変知見がありながら
最近ではお子様の育児などにも論評されている方で
大変読んで実になるブログと言える。

地域コミュニティで子供を守るもの

さて、紹介した記事に話を戻して。まずは私個人の感想としては多いに賛成させられる。

このニュースは私も覚えており、一報を聴いた時には耳を疑った。
そして、その理由を聴いた時にはさらに驚かざるを得ない。
そんな理由を記事から抜粋させていただくと

保育園開設への反対理由の多くは、「子どもたちの声がうるさい」「送り迎えの母親たちが入口にたまっておしゃべりするからうるさい」などといった”騒音”を問題にするものだ。これはまったく偏見だ。

境さんの意見には同意せざるを得ず、挙げられている反対理由はあまりにも自己中心的でしかない。
では、この反対住民は騒音がうるさいからと言って
家の前の道路を封鎖するのか? そんなことまずありえない。
なぜなら、自分が不便をするからだ。自分の利益しか考えずに反対を口にするからこそ自己中心的だというのである。

プレジデントウーマンオンライン」の記事を見ると
より詳しく不満を漏らしている側の論理が確認できるので
一度は読んでいただければと思う。

そして、この記事では書かれていないことをあえて言わせていただくと
正直、保育園を反対運動するような市区町村では
一緒に子供を育てる。という思いを感じられず子供に対して厳しい環境でしかない。
そんな所に、子どもと一緒に移住できるだろうか? 私個人は嫌でしかない。

少し前の昭和の頃の町を思い描いていただきたい。
その当時は学校帰りなどに、近所の人たちが子どもたちを見てくれていた。
「○○くん、今お帰り?」と声掛けをし簡単なコミュニケーションから
コミュニティで見守るということを実践してきた時代があった。
私もそのコミュニティに支えられ、大きくなったという実感がある。

それは理想的なコミュニティが形成されている、と言えるのではないだろうか?
お子さんの名前を知っており、誰が困っているのか。誰が怪我をしたのか。
誰に連絡すれば良いのかを地域住民が把握している。
「○○くん、夜中に一人で歩いていたよ」とか「☓☓ちゃん、知らない人と歩いてたけど」などが
地域住民で監視を行い、助け合いにつながっている。
不審者が歩いていたら、コミュニティが一丸となって周囲を警戒し
夜回りをしたり、近隣住民へと警告してくれる。

しかし、上記のような反対運動が行われる市区町村で
そんな理想的な環境ができると思えるだろうか?
答えは「No」だ。逆に想像するのは、ニュースなどで流れる凄惨な事件。

不審者が歩いていようとも、街全体でそれを共有することがなく
ただ個人が、ただ個人としての住居としてしか生活しておらず。
警戒もなければ、見回りもなし。住民間の警告もされず報じられる凄惨な事件。
なぜなら、彼らは自己中心的にしか世間を見ていないから。
住民間の繋がりがなく、周囲の人達もほとんど知らない。
だから、助けようという思いがない。

……これは予見でしかない。あくまで私個人の推察。
と、あえて前置きをするが、十分にありうるだろう事だと言えるのではないか。

個人名とかなるとどうしても出てくる問題

そして、こういう事を書くとプライバシーの侵害だと声高に言う人間がいるが
別に生年月日年齢血液型などを回覧板で回せと言っている訳ではない。
周囲と挨拶をして、簡単なコミュニケーションからコミュニティを広げていく。
すると自然と名前は覚えるし、顔だって覚えていく。そういう話をしている。

私はまだ結婚もしておらず、当然子供もいない。
そんな青二才が口を出すな、と言われそうだが。
私個人はすでに大人であり、私の住んでいる地域のコミュニティの一介でもある。
そんな未婚の人間ながら、地域で子供を育てる。という部分には貢献していきたいと考えており
使い古された言葉ながら、それが真実だと思うので、あえて使う。

「子供は国の宝」という言葉に、多くの事柄が集約されるような気がする。
そして、今回のような当事者にはその意識がなく
自分の子供だけ守れれば良いと考える、自己中心的な大人しかいないのだろう。

少し、話を飛躍させすぎなのかもしれないが
そこに見えるのはモンスターペアレントの話だ。
自分の息子、娘が人前で怒られたからと、怒鳴りこんで来る親御さんの話をニュースなどでも見る。
どうにも、この問題が「=(イコール)」で結ばれているようにしか思えない。

 - ヨモヤマ