elude丸

日々の思い描くことをツラツラと綴るブログ

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「スーパーマリオラン」によって課金制ビジネスモデルに浸かりすぎたユーザーが批判してくる時代

   


スーパーマリオランが見せる課金制ビジネスモデルに使ったユーザー達

以前にも取り上げた「スーパーマリオラン」について
公開後の動向がいろいろとわかってきたようでニュース記事にもなっている。

その中から一つの記事を紹介する。

スーパーマリオラン、「ペイウォール」型課金で成果:たった3日で17億円の収益

スーパーマリオランはアメリカでの効果が高かったようだ。
これもひとえにiPhoneの発表会にて大々的に宣伝を行ったことが影響しているのだろう。
というのは私の見方である。

まあ、日本にいるとiPhoneがすごいメジャーのように思えるが
海外ではサムスンや中国製の安物スマホが大いに賑わっており占有率が高い。
iPhoneの普及率は実はそれほでもなかったりする。
まあ、お高い。というのが一番のネックになっているのは言うまでもない。
そう考えると、iPhoneの発表会にて初情報を取り上げたのは結果として十二分に得ているように思える。

課金制が見せてしまったビジネスモデルの変革期

さて、そんな中で記事内の一文が気になったので引用させて頂く。

一部の課金を好まないユーザーが不満をレビューする一方、もう一方で、世界の100万人近くが静かに課金している。今後、両者のバランスがどうなるのか、ダウンロード、収益の伸びがどうなるのか注視が必要だ。

当然だが誰もがコストをは払いたくないものである。
コストを抑えながらも、より良い商品、より良いサービスを受けたいのは言うまでもない。
そして、同時にゲームだけというデータだけの存在という実物ソフトがない商品に対して
お金を払うことの「現品主義」からくるハードルの高さなどなどが相まって
スマホゲームを中心にゲーム本体を無料で提供し、アイテムなどを購入することで利益を上げる課金制が広がっている。

課金制が目指すのは、ゲーム本体を無料で配布し、ユーザーを集めながら
多くの人にゲーム内アイテムや追加キャラクターを販売することで、継続的にかかる運営費を
賄うことが長期スパンで利益を追求していく、というビジネスモデル。

実際、ゲームの開発には大きなコストが必要であるとともに
その後に発生する不具合であったり、バランス調整などのバージョンアップを考えた時
商品を販売して収益を一時的に集めるよりも、継続的にユーザーに課金してもらうほうが
パフォーマンスとしては効果を得やすいのもわかる。

とはいえ、この課金制の広がりによってユーザーの中に
「無課金で遊べないなんて、なんて守銭奴」という「ユーザーは神様論」
曲解が広がってしまっていないか、とても心配している。

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ユーザーは神様ではない。サービスはあくまでサービスである

まず、「ユーザーは神様論」というのは
サービスを受けることを覚えてしまったユーザーが、過剰なサービスを強要してくるコト。

それはサービスに浸りすぎていると、そのサービスを受けることが当たり前になってくる。
その結果、ユーザー側が「自分は神」だと勘違いする人間が増えてきている。
「外は雨なのに商品の袋に雨除けカバーを付けなかった、なんて失礼な店」
「割り箸で食べたいんだから、割り箸買ってでも持って来い」

などなど

つまり、無課金で遊べるゲームが増えてしまったことで無課金が常態化してしまい
最初に購入を必要とするゲームをそれだけでダメとレッテルを張る。
ゲーム内容で判断されない。という結果に本当に残念で仕方ない。

無課金のビジネスモデルは今後もさらに広がっていく

だが、この流れ。私が考えるに今後もさらに加速していくのは間違いないだろう。
というのも、今の若者の多くがスマホゲームを元にゲームというものに触れており
それが大人になるということは「無課金で遊ぶのがゲーム」という流れが生まれてくる。
その結果、コンシュマー機などの初期投資が必要なディスク形式のゲーム購入は
今後、どんどん形見が狭い形へと陥っている可能性が高い。
PS4などの高機能ゲームはその部類には入りづらいかもしれないが若年層が育たない限り
その購買層が先細りの可能性は否定出来ない。

そういう意味では、この時期に任天堂やソニーが
相次いでスマートフォンゲーム事業へと乗り出した事
なんとなくわかる時代を先読みした流れなのかもしれない。
課金制のビジネスモデルが蔓延した時代になって、ゲームが売れた時代が懐かしい。という風に感じるのかもしれない。

しかし、ゲーム業界の流れというのは「コンテンツは消費される」というある種の宿命なのかもしれない。

というのも、数十年前には音楽コンテンツは大変メジャーだった。
誰もが音楽を聞き、誰もが音楽に触れており、音楽に夢を見ていた。
ミリオンやダブルミリオンなどいつものこと。何百万とCDが売れていた時代があった。
だが、今ではどうだろうか?なかなか爆発的ヒットの曲を聴くこともなくなった。

音楽というコンテンツがなくなってしまうことはないだろう。
だが、これと同じようにゲームというコンテンツもなくなりはしないが
今現在のビジネスモデルが、このまま続く。という可能性は残されていないように思えてならない。

 - ゲーム, ヨモヤマ