elude丸

日々の思い描くことをツラツラと綴るブログ

*

映画「ドクター・ストレンジ」超感覚ファンタジーアクションは伊達ではない

      2017/04/03


超感覚ファンタジーアクションという謳い文句の映画「ドクター・ストレンジ」

2月1日が映画の日ということで、TVCMから興味を惹かれていた
ドクター・ストレンジ」を鑑賞してきましたのでレビューさせて頂きます。

興味を惹かれたTVCMというのがこちら。

キャッチコピーでは「超感覚ファンタジーアクション」と銘打たれているが
まさにうまく表現した。という広告文だと思える映像作品であったのは間違いない。
そう認めたくなるように「上下左右前後」に世界観が一変しまくる映像には
これまでになかった印象が強く興味深い世界を楽しむことができた。

クリストファー・ノーラン監督の「インセプション」でも
面白い映像表現だったが、そこにプラスαした印象が強く
上下左右に人が落ちたり転げ回ったり、面白く興味深い独特のアクションシーンに魅了される。

上下左右の世界感は映画序盤から展開されるが、終盤になるほどさらに複雑怪奇に展開し
あっちこっちに壁や地面が、そして天井へとキャラクターが落ちたり飛んだりと激しいアクションが楽しめる。
これまでになかったアクションシーンには目を見張る。

オススメするかというと、アクションが好きで
これまでになかった映像作品として楽しみたい場合には、楽しむこともできる。
が、話の展開として投げっぱなしの部分も多かったりするところもあり
これまでになかったアクション作品としては楽しめる。という評価になる。

マーベル作品ということもあり、世界的人気のある
「アベンジャーズ」とも関連を匂わせるところが少なくなかった。

作中でも「アベンジャーズ」という言葉が飛び出すし
スタッフロール後には、アベンジャーズの1人でもある「マイティー・ソー」が登場し
ドクター・ストレンジとの共闘関係を匂わせる終わり方をしている。
今後のアベンジャーズ作品に登場してくる可能性は十二分にあるだろう。

この先からネタバレが含まれますので、見に行こうと考えている皆さんは
このアタリで引き上げていただくことをオススメさせて頂きます。
見た後で、興味があれば読んで頂ければと思う。

どうしても気になるドクター・ストレンジの展開による謎

ここからはネタバレする。ので、十分理解した上で読み進めて欲しい。

さて、先にも述べたがアクションシーンの上下左右前後へと飛び回ったりする映像美に関しては
大変関心させられる部分も多く、興味深いと言わざるを得ない。
どこか万華鏡のような世界観を構築し、現在の街並みを切り貼りして構築した映像が
ここまで奇怪な世界を構築できるのかと、驚かされる。

が、ストーリーの展開において「プロット部分」から問題を感じずにはいられない。

まず、最終局面で「暗黒次元の親玉との取引」するシーンにて
時間の巻き戻しを可能にする魔術によって、何度も暗黒次元の親玉へと負ける戦いを挑む。
負けて蘇生するを繰り返し、それでも諦めないドクター・ストレンジとの根気勝負が展開。
だが「この展開、無理があるのでは?」と見ていて思った。
なぜなら暗黒次元の親玉というのは、時間を操ることができるのではなかっただろうか?
時間が支配する世界からの解放を願って暗黒次元の手先となったのが「カエシリウス」であったはずだ。
だったら、ドクター・ストレンジが使っているタイムループの魔術にも
暗黒次元の親玉というのは対抗することが出来るのではないだろうか?
対抗できないのに、世界の脅威となっていたのだろうか?

プロット部分の問題というのはこれ以外にもある。

終盤にニューヨークの拠点へと攻め込んできた暗黒次元の手先である「カエシリウス」達。
そこで立ちはだかったのは主人公であるドクター・ストレンジ。
が、その戦闘シーンで拙い魔術だからか、戦う魔術が不安定で片手が発動しない
という描写が描かれている。
だが、この終盤の描写からほぼほぼ時間的流れをおかずに最終局面まで進んでいくことになる。
にもかかわらず時間を巻き戻しながらのカエシリウスとの戦闘ではそれなりの戦いを繰り広げている。
最初は魔術が発動しないという描写があったにもかかわらず
戦闘ができていることに違和感を覚えてしまう。
(まあ、戦闘に長けたモルドという魔術師の手助けがあったが……)

そこの部分、問題ないプロットにするならば、終盤に入ってカエシリウスとの拠点での戦闘で
魔術がうまく使えない。というシーンの後
暗黒次元の親玉との取引へとプロットを飛ばし、取引を取り付けてから
カエシリウスとの最終局面へと展開させる。
(カエシリウスとの戦闘理由は、暗黒次元へと落とす。という展開でも問題ないだろう)
暗黒次元の親玉とのコンティニュープレイによって、戦闘技術を身につけることができたドクター・ストレンジは
カエシリウスを取引通りに暗黒次元へと落とす。この方が不自然さがないように思える。
最後のカエシリウスが暗黒次元へと吸い込まれる部分は何とも呆気なく。
爽快感に欠ける終わり方と言わざるを得ない。

他にも気になる部分があるのがドクター・ストレンジという映画

そもそもではないが、ドクター・ストレンジが魔術を使う理由となった
事故による両手を負傷した部分、その後の治療によって腕がうまく動かない。
と言いながらも、女医とのやり合いなどでオーバーリアクションでうまく握れているように見えた。
一瞬のシーンで見間違いかもしれないが、軽く指を握り、指を突きつけているように見えており
指先が動かずというシーンの違和感を感じずにはいられなかった。
実際、そういうシーンがその後も登場し違和感を覚える。
しかし、こういう疑問や違和感を感じてしまうのもストーリー展開として
どこまで手が動くようになっているのかしっかりとストーリーとして描かれていないからだろう。
医師として執刀することだけが無理で、日常的な行動には回復しているなら
この状況もわからなくはないが、時々思い出したように手が震える状況を描写しており
どっちなのか何ともわかりづらい。

他にも何とも謎の設定のまま終わるというのは少なくない。私が気付いているだけ紹介すると
「エンシェントワン」が時間を操る魔術を使っていたにも関わらず
カエシリウスのように目元が黒くなるず、良い魔術師として生活できたのはなぜ?
「カエシリウスが時間を戻したい理由」が簡単には触れられているが
詳しい理由に関して語られることもなく、ただただ悪党という形で描かれてしまっている。
どうして時間を戻し、永遠を生きたいと思っているのはなぜ?
そもそも危険と言われている時間操作魔術に関して閲覧可能な書籍として図書館内においていたのはなぜ?

元々はいろいろとプロットとしてはあったのだろうが
映像美の方を重きを置いた結果、そういうストーリー部分を端折ってしまった。
という、感じを受けなくもないが……。
次回作に対して監督自身がやる気を見せており、実際スタッフロール後には
次回作を匂わすメッセージも表示されるなどもあるので
上記で謎だった部分が次回作で明かされると考えて良いのだろうか?

とはいえ「超感覚ファンタジーアクション」という謳い文句には一見の価値はあったと思う。
しかし、頭を空っぽにして楽しむ分には問題もないが
ストーリーを深く考察などをしてしまうと、いろいろと謎な部分も少なくない。
それらが粗のように目立ってしまう部分も感じるかもしれない。

 - 映画