elude丸

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レトロゲームに幼少期から触れるというゲームの英才教育

   


レトロゲームに幼少の頃から触れることでゲームの英才教育

私個人的に理想的な家族。と羨望の眼差しを向けさせて頂いたのが
こちらの記事を書かれたシロクマさんの家族。

レトロゲームを、うちの子どもはちゃんと楽しんでますよ?

子どもにレトロゲームを遊ぶ状況を作り一緒に遊んでいる。
なんて、なんとも良い家族だろうか。個人的にそういう家族像には憧れてしまう

レトロゲームを遊べる状況にしそれを楽しめるように子どもへと手ほどきをする。
というのも、良いなと思わずにはいられない。

私の幼少期、ファミコンスーパーファミコンなどが登場した時代であった。
当時、大変楽しく遊んでいたが両親はまったく見向きもせず
一緒に楽しい時間を共用しようという意識すらなかったことに
当時はそうとう落胆したことを覚えている。

別にゲームだろうと、なんだろうと。
子どもが面白がっていることに感心を持って
どうして楽しいのか、どこが楽しいかなどの
興味関心を持って話を聞いてもらうだけでも重要なように思えてならない。

そういう意味では同じものを使って
同じように喜んで、悲しんで、怒ったりすることは良い家族像に映る。

ここで少し今現在のゲームの事情に話しを向けたい。
最近私はほぼほぼゲーム内のテキストを読まないようになっていることに気づいた。
レトロゲームほどに読まなくなった。という方が正しい。

みなさんはどうだろうか?テキストを読んでいるだろうか?

読まなくなった原因は、テキストに「声があてられ」読まなくても耳に入ってくるからという理由もあるが、それだけではない。

読まなくなった原因というのは
ゲームがユーザーに親切になりすぎて次に取るべき行動を紹介する
ナビゲーションが優秀になってしまったため。

RPGにしても、街内で会話するのはほぼほぼおまけで
世界情勢や歴史など世界観を補填する意味で物語のサイドを固める意味合いでしかない。
次の町の情報なども聴くことはできる。

「山脈を右手に進み、森を左に折れた先に町が」

しかし、次の瞬間には、マップに目的地がピンで刺されて示される
これではテキストを読む必要などない。
結果として、最近のゲームでテキストを読む機会が大いに少なくなっている。

昔は次の目的地を知るために、町の中の住人からの情報を収集し
行き方を確認したうえで旅に出たものだ。
道中、強い敵に悩まされることがあれば

「これはもっとレベル上げしてからだな」

ということを、危機的状況からプレイヤー自体が判断していたのに
今では、危険な領域にはなぜか工事中であったり、落石で道を防がれていたりと
都合の良い移動制限を敷かれて自由が制限されている。

別にレトロゲームの方が良かった。ということを言いたいわけではないが
もっと、頭を使ってプレイするゲーム。というのがあっても良いように思える。
例えば、ドラゴンクエストとしてよく登場する乗り物の「船」を手に入れて移動範囲が広がることで
新しい島へと上陸できるようにもなる。
が、危険な地域はザコすらも強敵で全滅する恐れすらあった。

そういうユーザーがゲームを通して学んでいく。という部分に
もう少し目を向けてみるゲームというのがあっても良いように思って仕方ない。

そういう意味では「ダークソウル」などは
闘い方であったりをユーザー自身が学べる良いゲームだったと言える。

最後になるが、是非ともシロクマさんには
親子で「SPY VS SPY」を楽しんでもらいたい。
熟練した技術が必要ではあるが、ど付き合いに技術はほぼほぼない
アイテムを入手する時の運で、親子でも楽しめるゲームだと思っている。
もちろん「南国指令!!SPY VS SPY2」の孤島での闘いも面白い。

 - ゲーム, ヨモヤマ