elude丸

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映画「モアナと伝説の海」圧巻の技術力と練られたストーリー展開に感情移入する

      2017/04/03


映画「モアナと伝説の海」は圧巻の技術力によって構成された世界

先日、4月1日はエイプリルフール。という一年で嘘をついても許される日。
さまざまな企業がネタを投稿し、いろいろとSNSを中心に話題になっておりました。

しかし、それ以外にも「1日」は貴重な日。そう映画の日なのです。
ということで、個人的な休みとも重なったことで映画を見てきました。

今回視聴したのはコチラ
モアナと伝説の海

チョイスした理由としては、やっぱりディズニーということもあり
基本的なストーリー展開にハズレがないことが挙げられます。

何度か劇場にてディズニー作品を視聴させて頂いているが
その多くがしっかりとしたストーリー展開の基本を抑えており
感情移入まで気を使った造りにできているのが主な要因。

お金を払って、という状況で見てハズレないのがやっぱり重要。
劇場で見たのに残念な作品というのは辛いから
やはり安定感を求めてしまう別けです。

さて、今回視聴した「モアナと伝説の海」のストーリーへと
話を持って行きたいところなのですが……。
個人的にはそこに行く前に触れておきたいことがあるのです。

それがディズニーの映像技術の凄さです。
エンドクレジットまで視聴して頂くと、クレジット内に
「髪の毛」そして「水」の表現を専門に取り組んだチームが掲載されています。
つまり、髪の毛ならキャラクターへ、水なら背景へと紐付けるのではなく
専門的に取り組むチームを設けて、しっかりとしたアニメーションへと転換できる技術開発を進めた。

特に今回の作品は諸島をモチーフとした世界観であり
ヒロインはソバージュの髪質という特殊な条件となっており
髪の毛や水の表現にまでこだわることでよりリアル感を追求したのでしょう。

しかし、ここで取り組んだ技術というのは、今後のディズニー作品にも
活かすことができるものでディズニーの財産とも言えるかと思います。

アイキャッチが一般画像なのは、ディズニーはこういうの厳しいのでw

映画「モアナと伝説の海」は吹き替えがベストチョイスかも

今回、視聴は購入時の手違いにて「吹替版」を視聴することに。
映画は字幕派ではあるのだが、その主な理由として
人気タレント(女優・男優を問わず、時にはお笑いタレントなど)を起用することで
声での演技ができないことで、映画自体をクソミソにすることが
これまでの経験から多かったことが影響して「字幕派」だった。
が、今回の「モアナと伝説の海」では吹替でも十二分に良かったと満足しています。

セリフ回しだけでなく、歌唱力を必要とする箇所が何度かあり
なかなかに実力を要するものでありながら、演じられた「屋比久 知奈」さんは
劣ることなくしっかりと演じられており、個人的には気にする部分もなく
すんなりとストーリーを楽しむことができました。

ディズニーは十分理解しているのでしょう。
一時のブームでキャスティングしていては、お客様を映画館へと呼びこむかもしれないが
ユーザー満足度を得られず、その後の販売等に響くことを。
しっかりとしたファン形成を行うためには品質に妥協をしてはいけないということを。

さて、ストーリーへと入っていくが
今回は前半部分、そして後半部分にて明確に展開が異なっており
上手く、人生の選択、そして成長。という部分に落とし込んで
多くのユーザーに共感してもらえるように作り上げられています。

例えば前半部分はヒロインである「モアナ」が島にて村長となって
島のみんなを導くように親から教えられてきます。
それでも海の向こう、水平線の先に何があるのか興味感心が薄れることはなく
何かにつけて海の向こうへと向かおうとします。

これには皆さんにも共感する心当たりがあるはずです。
初めて電車に乗って都市部へと買い物に行ったドキドキ感。
それでも諦められずに都会へと旅立っていく学生時代。

そんな誰にでもあるような思いに重ねて
旅立つことの意味をストーリーに落とし込んでいます

そして、モアナが海へと漕ぎだしたところから後半へとつながります。
海では多くの失敗が彼女を襲います。
それはあながち新しい世界へと飛び出した若者世代を待ち受けるさまざまなトラブルと同じです。

それによってパートナーでもある英雄のマウイと時にはぶつかりながら
分かり合えない状況でも、時には助けあいながらモアナ達は奮戦します。
しかし大きな障害にぶち当たり失意のどん底に落とされ彼女達は目標を見失う。
その時、決して運命に選ばれたことを投げ出します。

これまでモアナは事あることにどうして「海に選ばれたのか?」と問いてきました。
しかし、その答えは誰も教えてはくれません。
だけどそこで彼女はようやく答えを見つけるのです。
運命に選ばれたかもしれない、だけど海へと出てきたのは自分自身の選択であった、ということを。

この展開に個人的には思うところがあります。
というのも、去年同じ時期に封切られた「ズートピア」もまた。
同じようなストーリー展開を持っていたからです。

映画「ズートピア」ケモナーには楽しめる良い映画!

そんな映画の感想記事にて次のようなことを書いています。

とは言え、年齢層的に考えるとやはり若者世代か。と言える。
新社会人だったり、社会の壁などを感じてしまう世代が
ジュディの頑張る姿を見ることで、私も。と思えるような映画と言える。

今回もこの春先に同じようなストーリー展開の作品。
やはりディズニーは狙ってきているなと感じます。
時期によって人々は大きな節目を持っています。
それがビジネスの現場で繁忙期になったりするわけで
春先というのは旅立ちであったり、新天地へと踏み出す人々が多い時期です。
学生なら進学によって新しい学校に、新社会人なら新し会社へと。

そんな不安を持っている人たちへと訴求できる形でストーリー展開するコンテンツを提供しています。
2年連続ということは、十二分にマーケティングとして
狙いを持ってビジネス展開しているのだと判断します。

つまり、来年にも同じ時期に、同じようなストーリー展開の作品が出てくる。という予想ができます。

ディズニーにしては妙な配役をしていたことが気になる

しかし、今回の作品では驚いたことがあります。
それはディズニーお決まりの配役が妙だったことです。

ディズニー作品の多くにはある程度決まった登場人物で構成されています。
物語の中心のヒーローヒロイン。そしてマスコットです。

マスコットというのはストーリー展開に微妙なアクセントを与え
コミカルな動作であったり、空気を読んだ演出などを挟み込むことで
演出の緩急を上手く機能させる役目を担っています。

先にも紹介したように「モアナと伝説の海」では
前半で島、後半で洋上という舞台設定が生かされており
島では、ミニブタ、そして頭の足りない鶏「ヘイヘイ」がマスコットとしてでてきます。

物語の関係ではミニブタの方が、モアナと意思疎通ができており
モアナに近い位置取りをしていました。
洋上へと出るときも連れていくものだと思ったのですが
ついてきたのは頭の足りない鶏「ヘイヘイ」だったのです。

ここに私は意図を感じずにはいられないのです。
幾つかストーリー展開の候補としてはあったと思います。
その中にミニブタを連れて行くこともあったのでしょう。

しかし、本採用にはならなかった。その理由というのは
その後に登場する英雄マウイとの兼ね合いではないかと考えます。

洋上では狭い船の中に二人で物語が展開されます。
ミニブタがこの場所にいると、どうしてもチームバランスがおかしくなります
ミニブタは必然とモアナ側に付き、何かあるごとに英雄マウイに噛みつくことになります。

対して頭の足りない鶏のヘイヘイはどちらの陣営に入ることもなく
好き勝手に暴れて緩急の緩を演じてくれます。

マスコットでいうと英雄マウイの刺青くんもそれに分類されますが
あれは英雄の良心を体現するためのもので、役割はしっかりと担われています。

現実のミクロネシア諸島となるとアニメのようには行かないような

今回の舞台は諸島
外洋を渡ってきた先祖にモアナは勇気をもらい、自分自身も旅立つことを決めます。
ですが、史実で現実の世界でのミクロネシアなどの諸島の生活は
それ以外の側面も大きいように思えるわけです。

人文学などで齧らせて頂いた程度ではありますが
やはりこういうところの問題というのは「食料」問題でもあるのです。
劇中では歌に乗せて「作物を分け合う」と紹介していましたが
分け合えるだけの人口なら問題もありません。

ですが、今回モアナが外洋へと旅立つ理由にもなった
作物の不作。という時、にどのような方法が取られていたのかは想像に難しくありません。
下の方を読むとそういうこともよくわかります。


とはいえ、飛び出す人間がいずれも悲観していたというわけではないでしょう。
今回の映画「モアナと伝説の海」のヒロインであるモアナが見せたように
そしてモアナ達の祖先が期待を胸に外洋を旅した可能性もあります。

想像することしかできませんが、そういう仄暗い部分さえも決して悲観だけでない。
と思えるほどこの映画は明るく、希望に満ちている心地良い作品であったと言えます。

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