elude丸

日々の思い描くことをツラツラと綴るブログ

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物販をコピーしてはダメ、とマナーや作法のように大人が教える必要な事柄に

   


自分が知らないからと伝えないことも罪では?

こんな当然のことを。と思わずにはいられませんが
それでも、私は経験を重ねているからこそ当然だと思えるだけで
経験は誰かに伝播していくのが人間だと考えれば
こういうことも教えて行かないといけないんだろうな。と自問自答してしまうわけです。

そんな記事を紹介したいと思います。

新聞や雑誌の中面を撮影してネットに載せたら泥棒だからやめた方がいいですよ

タイトルを読むだけで何について書いているか、十二分に伝わるかとは思いますが
どうやら雑誌などの情報をそのままWEB上に投稿する輩がおるようです。

まあ、SEOなんかをしていると
コンテンツを作り出すときに、最初に教わったコンテンツ作成の手法のひとつが
「物販されているものからコンテンツを作成する」という方法だったりするのですが。

この方法についてSEOとして説明する必要もないかとおもいますが
物販されている内容は、WEB上に内容が掲載されていないものがほとんどです。
なので、Googleであろうともコピーコンテンツとはみなせないから。という考えに則っています。

まあ、しっかりと断っておきますが
物販からコピーコンテンツ作っていた。と白状したいわけではありません。
私が取り組んでいたのは、物販の内容を咀嚼し、それを自分の言葉としてコンテンツ化する技術です。
まるまるコピーするなんていう低俗なことはしておりません。

「引用する」という行為にはもっと敬いが必要

私もこのサイトで、さまざまなサイトの記事を引用させて頂いています。
ですが、なるべくその記事を読んでいただけるように
核心に触れないように引用することを心がけているつもりです。
(中には触れてしまっている記事もありますがご容赦を)

ある意味で、引用する場合のマナーだと私は次のように考えているのです。

その記事がなければ、私の記事も生まれなかった。

だったら、その記事を読んで頂くように紹介し
その上で私自身の考え方などを触れることこそが一番なのではないか、と。

まあ、こんなことを説いた所で、何も考えずにコピーしているような
人たちには心に刺さるようなこともないのだろうと。思わずにはいられません。

別に私は自分の中に貯まるものを発散させることができるサイト。
として、このサイトを位置づけているので大した内容もなく
パクるほどでもないとは思っているので、パクリ調査などもしたことがありません。

それに最近ですが書き続けることに少しばかりの変化を感じずにはいられません。
というのも、こうやって思考したことを言語化(テキスト化)することで
物事をまとめることの能力が養われているように感じます。
何か企画をプレゼンするときも、しっかりと思考をまとめて言葉によって発言する能力が向上を感じ
しっかりと自分で思考しテキスト化することの効果というのは
思った以上に大きいように思えます。

物販からコピーするのは「自分で買ったから所有権あり」という誤認

しかし、物販からコンテンツを抜き取ってテキスト化するのって
多分ですが、心理的には「自分で買ったものだから良いじゃん」という
ズレた所有者意識が働いているんだろうな。と思わずにはいられません。

つまり、お金を払って購入したのだから。
この物販にて手に入れた情報はどんな方法で利用しようとも自分の自由。
だから、記事内容をコピーしてコンテンツとして流すのも私の自由。
という心理が働いているように思えます。

一般に書店やコンビニなどで買えるものは日本全国で何万部と販売されており
それぞれに物販としての所有する権利は与えられているが
中身のテキストや写真。グラフィックまでを自由にする権利は与えられていない。
そんなことを知らずに所有者意識があるから、ネットにだって自由に上げてしまうわけです。

こういう意識というのは、WEBやスマホなどが産まれたことから備わっており
それに身近に触れてきた世代だからこそ、当たり前のように利用しているわけです。
だかこそ、利用方法に関する「タブー」であったり「利用規範」のような
常識とも言える部分が備わっていないのではないかと感じずにはいられません。

では、そういう常識をどうやって身に付ければ良いのか。
それは周囲の大人世代が享受する以外に方法はないでしょう。
一般常識や教養、マナーや作法。と同じように

そう考えると「インターネットなんて知らない」「パソコンに疎いから」
という言い訳をしている場合ではなく、身近な自分の子どもを守る意味でも
ある程度の教養を身につけ、それを自分の子ども達へと伝播するだけの知識は
持ちあわせておくべきなのかもしれません。
疎いならば子どもと一緒になって勉強し、一緒に学んでいくという方法で
まだ子どもがいないならば、先に予備知識でもいれる努力を行う。

 - ヨモヤマ