elude丸

日々の思い描くことをツラツラと綴るブログ

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SNSは禁止ではなく「はけ口」として向き合うべきだったと思わずにはいられない

      2017/11/14


「座間市の事件」を受けてツイッターが”自殺”に対して禁止したのは間違い

「座間市の事件」と表題をつければ
誰でも、「あの事件か……」と言い表せないような
焦燥感に苛まれるほど、衝撃的な事件であったのは間違いありません。

以前からSEOに神であられます「辻」さんが
声高に「自殺」というキーワードについて訴えてこられており
その結果かはわかりませんが、YahooやGoogleなどは
「自殺」に関連するキーワードについては
なるべく自殺を思い留まるようなサイトへと紐付けるように修正が加えられています。

それまではひどいものでアフィリエイト狙いのクソミソなサイトが乱立し
「お金儲け」だけの臭いしかしない世界だったのが
少しは整備され考慮される結果が出力されるようになってきたと思えます。

SNSも今後ははけ口としての機能を期待したい

そこに来て、今回の事件です。

思い知らされたのは「SNS」という「CtoC」にて紐付いてしまう世界です。

そんな中で今回の事件のつながりの場所としても使われた
「ツイッター」が次のような方向性を公開しました。

ツイッター、自殺・自傷行為の助長禁止 9遺体事件受け

これに関して私個人としては大いなる違和感を覚えるのです。
ここで行うべきことは禁止ではなかったはずです。
GoogleやYahooがしたように踏み止ませるための
アカウントへの誘導だと思わずにはいられません。

そして、何より禁止し、はけ口がなくなることで危惧するのは
さらに深みのあるアングラなSNSへと繋がってしまうことに
恐怖を覚えずにはいられないのです。

ですが、アングラなSNSなどあるのでしょうか?

あります。私が考えるのは少し前に話題にあがっていた「マストドン」という
オープンソースのSNSがその対象になるのでは。と憂慮しております。

オープンソースということは誰もがサーバーを設置さえすれば
SNSを公開することが出来るわけです。

それはつまりアングラなSNSも簡単に作れてしまう可能性を示唆しており
ネット上で集客するのではなく、自殺を考えるユーザーの間だけで広がるSNSは
まさにアングラなSNSと言わざるをえません。

そんなアングラなSNSに対して管理体制についての強制力を発現しようとも
個人で運営しているSNSであるために簡単にできません。
また、アングラなサイトのように海外サーバーなどに置かれれば
容易に強制力など発現することすらできません。

そうならないためにもツイッターというSNSがするべきことは「禁止」ではなかった。
と考えずにはいられないわけです。
吐露できる場所として、はけ口として正しい導き場所を設置するべきだと
私は思わずにはいられません。

そんなことを思うと「禁止」という安易な方法を取ったことで
ツイッターという会社の底が知れたと思わずにはいられません。

 - ヨモヤマ