elude丸

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映画「ブラックパンサー」ナショナリズムを匂わせつつも完結させた手腕が秀逸

      2018/03/12


映画「ブラックパンサー」はナショナリズムを刺激しつつもいい塩梅

先日、海外で評判が高いと噂の映画
ブラックパンサー」を視聴して参りました。

ということで、視聴した感想を書かせて頂きたいと思います。

まだ、本編見てない。という人はネタバレコミコミになります。
今回はそういう配慮無しで書いてみてます。
お手数ではございますが、一度映画の方を楽しんだ上で
改めて読んで頂ければと思います。

また、「黒人種」「白人種」などという言葉が出てきますが
決して差別的な意味を持っての用途ではなく
学術的な区分けを意味するために用いさせて頂いております。
ご了承とご理解を頂いた上でお読み頂ければと思います。

「ブラックパンサー」にはナショナリズムを刺激しながらも良い落とし所を設けている

まずは海外で評判高い理由について
登場人物の多くを「黒人種」でまとめ上げたこと
そして、最終的に対立するのも「黒人種」にしたこと
また黒人種の時代背景をうまく利用する形で
「ナショナリズム」を意識した形で物語が組み立てられていることに
さすがだなぁー、と思わずには居られませんでした。

というのも、最大限にナショナリズムを発揮したい場合には
最終的な対立構図は「黒人種」と「白人種」もしくは「黄色人種」にするべきなのです。
そうする方が簡単にナショナリズムを刺激し感情移入がしやすくなる人が多いからです。

物語の序盤を引っ張るのは悪党の「白人種」ですが
その悪党を成敗するのも「黒人種」なのです。
最終的に対峙する「黒人種」もまた劇中で動機を黒人種の歴史や今も残り続ける問題へと起因しており
ナショナリズムを匂わせています。
最終的な衝突を「黒人種」同士にすることで
過激なナショナリズムにならないように配慮がされているように伺える構成だと思えます。
逆にそういう安易なナショナリズムで締める作品にはしたくないという
マーベルの意思のような物を感じました。

その上、もちろん視聴するであろう白人種側にも配慮されています。
悪党の白人種がいる代わりに物語の最終局面では白人種が主人公達を助ける様子が描かれています。
命をとしての戦いを見せるあたりで配慮がされているのも伺えます。

ココらへんの感覚は単一民族国家でもある日本では
なかなかに理解するのは難しいことですが
海外では、原作の人種を重視しないことが炎上するほど人種に関する感覚は敏感です。

そういう意味では黒人種のヒーローを描くというのも
マーベルとしたは必要だったのかもしれません。
(白人種ばかりがヒーローというのもバランスが取れませんので)

参考:邦画「進撃の巨人」が犯している「レプリゼンテーション」は単一民族である日本人だから踏み外した問題

劇中最後では

「アベンジャーズインフィニウォーズでブラックパンサーは帰ってくる」

と記述がされていることから黒人種のヒーローとして
しっかりとした活躍の場が期待できます。

王様として揺れ動くストーリー展開も良い

物語としては
唐突に訪れてしまった国王としての地位。
どのように自分は国を導いて行けば良いのか思い悩み葛藤する姿が描かれており
その迷うによって窮地に追い込まれる姿まで
うまくまとまっている感じがしました。

映画館でみた分にはシナリオ上の変な抜けなどは感じられず
素直に楽しく見ることができました。
何箇所かファニーな展開もあり、一部客がクスッとしておりましたw

一部気になるといえばブラックパンサーが最終局面で二人になるのですが
お互いがお互い黒いスーツを纏っているため
なかなかに判断が付けられません。
微妙な発色でキャラクターを区分けしているのですが
王様どっちの色だったかな?と一瞬見失いますw

まあ、そんな視聴者の苦難を予測してか
しっかりと顔出してくれるので安心ですけどねw

そんな「ブラックパンサー」ですが
黄色人種である私が見てもしっかりと楽しめました。
人種なんて関係なくても物語の浮き沈み、緩急は秀逸で最後まで一気に楽しめます。
さすがはディズニーとマーベルの作品だと思わされました。

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