elude丸

日々の思い描くことをツラツラと綴るブログ

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セクハラ問題のデジタルデータの危うさは冷静に判断しなければならない

   


デジタル証拠の危うさには冷静な判断が必要

音声・画像・動画という危うい証拠

Chikirinさんがこんな記事を公開されています。

まったくもって同感です。

デジタルデータというものに触れてきた私の経験からしても
やはり簡単に捏造ができてしまうことを必至。
簡単にそして、意図的に変更改善ができてしまう状況であることを
多くの人が理解し、脊髄反射的な炎上にならず
事態を静観し落ち着いた対応をするべきなのだと思うわけです。

「セクハラ」で辞任されたオジサンに関しても
音声を聞く限り確かに「セクハラ」を行っている状況というのは間違いないでしょう。

ですが、億分の一でも
夜のお店で、そういう相手にしていた口説き文句であった場合も有るわけです。
ましてやそれを、客で来ていた謀略者が集音マイクを使って拾い。
Chikirinさんが警告するように後々にデジタル修正によって
継ぎ接ぎして捏造したデジタルデータである可能性も拭えない訳です。
女性の声が意図的に削除されていた、というのもこの億分の一の可能性を脳裏によぎらせてしまいます。

そういう拭えない状況がある以上、簡単に決定を下して良い問題ではないわけです。

言うまでもありませんが「オジサン」にだって人生があって生活が有るわけです。
セクハラというレッテルを貼られ、その後再就職ができるのか?
まあ、財務次官という地位である以上、天下り先などは
ほとぼりが冷めれば得られるかもしれません。

ですが、そうそう表に出てこれる状況ではないはずです。
その間の生活はどうするのでしょうか? 家族はどうするのでしょうか?

裁判用語として「疑わしきは罰せず」という言葉があります。
にも関わらず世間一般が「疑わしくは罪人」と吊し上げて公開処刑を敢行してしまう世界になっています。
……私はこういう状況を怖いと恐れずにはいられません

セクハラの報道で気になった言葉の使い方

確かにセクハラはやってはいけないことであり
しっかりとセクハラされた場合には訴えなければなりません。
そして、当たり前に訴えられる社会を作っていかないことだと私は思います。

そんな中において、私はこの報道を見ていて解せないことがあります。

「セクハラ被害者に訴え出ろなんて可愛そう」

という発言をされる方が居られます。

確かにセクハラなどのハラスメントをされた方の被害者に対して
表立って世間に訴えることは、心象被害を考えると
多大なる負荷をかけることであり、容易に決断できることではないでしょう。
そして、それでも訴えでた方においては万全の体制にて守り
心労をねぎらうケアも実現して行かなければなりません。

なので、被害者が訴え出た場合には「よく耐えた」「頑張ったね」
という言葉で表現して行かなければならないように私は考えます。

となった時に「可愛そう」という表現が解せないのです。

「可愛そう」という言葉には「気の毒な」という意図が含まれており
「小さなものや、か弱いものへと差し伸べる感情」を表します。

つまり、セクハラ被害者に対して使った場合
女性被害者であった場合には、「女性地位を下に見ている」と言えてしまいます。
もしくは、被害を受けた女性を下に見ており、貶しているという印象すら感じてしまいます。
もしも意図せずに使っているのであれば
日常的に女性を下に見ていると勘違いされる言葉です。

ということを今回のセクハラのニュースを見ていて
芸能人から転用してコメンテーターしている女性の方が使われていて
モヤモヤしておりましたので、ここで晴らしたいと思いますw

まあ、「可愛そう」という言葉がすでに拡張され初めており
悲しい状況に陥ってしまった人たちへと向ける慰めの言葉として機能する
公示的な慰めの言葉として普及している節があることもあり
一概には言えないのですが……。

女性の地位向上と合わせてコメントされていたので
地位向上を訴えながら、可愛そうという言葉を使うのか。と
あまりにも疑問を覚えてしまった訳です。

どこかで記事にしたいと思いながら、重たい内容のためどうしようかと悩んでいたところに
Chikirinさんの記事があったので、この際だと話題にさせていただきました。

最後になりますが、私もセクハラはなくなればよいと思っております。
それは男性から女性だけでなく、女性から男性にも言えることで
当然、男性が持っている権限でもあるわけです。

 - ヨモヤマ