elude丸

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アニメ「Re:CREATORS」を今更ながら自分の好きな点をあげてみる

      2019/08/19


個人的に好きなアニメ「Re:CREATORS」について話したい

今回は久しぶりにアニメの話をしたいと思います。

私はアニメゲームなどのサブカルチャーが好きで
今までの人生において、多くのアニメやゲームによって
生き方を左右され、人生勉強をさせてもらった。

そんな中において
私の中で未だにキラリと光るコンテンツがあります。
それが「Re:CREATORS」という2017年の作品です。
レンタルなんて大変なので今なら「Amazonプライム・ビデオ」にて見放題で楽しめる作品です。

あらすじ

クリエイターを夢見る高校生の前にアニメ作品のヒロインが姿を表したところから
創作物からキャラクターが現界する<被造物>事件が巻き起こり
やがて世界の存亡を書けた戦いが始まります。

そもそも、私が「Re:CREATORS」を好きな理由には
私が昔、クリエイターでもある小説家を目指しており
何かを創造しようとする、その悲喜こもごもを知っているからこそ
琴線に触れる部分が多く、感情移入が激しくて、涙なく語れない作品だからです。

「作家同士だから抱える苦悩や劣等感」
「物語のキャラクターが抱える憤りと葛藤、運命を与えた神への反逆」
「一人の少女の願いによって生み出したキャラクター」

これ以上に様々な設定が盛り込まれながらも
多重奏になりながらも、折り合いを見せながら
世界を紡ぎ、形なすことに成功している作品だと私は思うのです。

だからこそ、多角的に見ることによって
それぞれの見方によって感情移入することができ
それが作品の深みとなって私の中で評価を高くしているのです。

逆に多角的に見ることができないことで
片手落ちのように理解が及ばない。
開発陣が伝えたいことのすべてを理解いただけない。
そんな悲しいことも起こっていたかもしれません。

ここからはネタバレを含みながらも
私がどうしてそこまで「Re:CREATORS」が好きなのかを
語って行きたく思います。

「願いを呪いとして受け取った軍服の姫君」

やっぱり、駅ホームでのラストシーン。
軍服の姫君と創造主の少女との邂逅は涙なくして見れない。

ホームへと突如飛ばされた軍服の姫君が
開口一番に「卑怯だぞ!」と激高するシーンにおいて
物語を作る作者とは、時としてこんな風に心臓をえぐり出すような
辛辣な場面展開や反吐が出るような物語を描き
キャラクターの人間味や人間性を浮き彫りにするもの。

だからこそ、発案者である颯太が相談したときに「駿河」は面白いと評価していたのでしょう。
エグく、どす黒いこの創造主との邂逅というシーンを。

そこからの「軍服の姫君」と「少女」との
掛け合いには固唾をのんで見守ります。

そして、唐突に起こる「踏切の音」

ここまでの演出は本当に鳥肌モノで
ある意味で映画作品のラストとしても遜色ない展開だと私は評しています。

あと、言うまでもないでしょうけど
さまざまな楽曲が作られ続ける、という流れは
私の好きな「初音ミク」オマージュなんだろうなぁーw

「被造物とクリエイターとの関係、そしてファン」

原作者を「神」とし、さまざまな作品からキャラクターとして「被造物」が現界します。
そして、現界した「被造物」の多くが「神」への対話を求め、改変を望みます。

作品によっては苦しいシナリオや、悲しい結末を描かれた作品が多く。
どうしてそんな理不尽で、悲しい運命を背負わせるのか問いただすからです。
そして、作品の世界を救おうと神に改変を願うのです。

そんな関係で多く描かれることになるのが
「セレジア」と原作者であり創造主「松原崇」のやり取り。

「松原」とあったばかりの被造物「セレジア」の印象は決して良いものではなかっただろう。

しかし、物語が進むに連れて
「特別事態対策会議」へと招集されたときの「菊地原」の物のような扱い方への反発や
瀕死の負傷を受けたときの激高に
どれだけの思いを込めて、どれだけの熱意を持って
キャラクターとして産み落としてくれているのかを知ることになり
その後の決戦にて登場する原作主人公であり想い人でもある「カロン」との邂逅でも
迷いながらも世界を守ることに身を挺する選択を下す。

そこには「松原」が決して一朝一夕
そして、安易なキャラ付けにて作り出したわけではなく。
まるで親子のように熱意を持っていることを感じ取ったからこそ。

他にも作家同士が抱える劣等感や苦悩。
相手のネタを簡単には認められない度量の狭さなど
作家が抱える悩みなども描かれているのです。

「承認力の問題」

この作品について書くための前段階として
先人の記事を何点が読ませていただいたが
多くのところで「設定がガバガバ」という話を書かれています。

それが承認力という設定がラストシーンで機能しておらず
製作者都合に設定されている。というのも。

ですが、私の見解は全く異なります。

承認力という設定を用いたからこそ
あのラストシーンが良い意味を持ってきており
「軍服の姫君=主人公」という世界観を多くの視聴者が受け入れたからこそ
あのラストシーンに意味ができたのです。

「承認力」とはその物語を受け取ったユーザーが
物語を認め、連なる世界観として不都合がないと認証した意思の力。

つまり、現界することはできても以前のセレジアのように
承認力が続かなければ霧散してしまう世界であった。
では、それがなぜ怒らなかったのか。

それは「軍服の姫君こそ主人公」であると名乗り
視聴者の多くが、「じゃあ、軍服の姫君とは何者なのか?」という
大きな疑問へと焦点があたってしまった。

多くのアニメキャラクターがどうして
ここまで止めようと足掻き、藻掻く姿。を受け止めた視聴者が
その「解」を求めて「軍服の姫君の正体」へと
集約したタイミングだったからこそ
あのホームの世界は、多くの視聴者の承認力。
「軍服の姫君とは何者なのか?」という知識欲を得て現界し続けたのです。

言うまでもありませんが軍服の姫君のやり取りは
エリミネーションチャンバーフェスによってスタジアムだけでなく
動画配信され、多くの視聴者が釘付けになっており
そもそもの承認力としては決して問題にはなっていなかった。

そんな「Re:CREATORS」の作品評価において
絶対に外してはいけない要素は「音楽」

そう、音楽を担当しているのが「澤野弘之」さんなのです。

私がその名前を知ったのは先日見に行った映画「プロメア」が初めてでしたが
担当されている作品は多く、進撃の巨人などなど。

映画「プロメア」火消しの活劇をさすがのTRIGGER作品!熱い展開が心を躍らせる!

あれだけクールな音楽ならばと大変納得。
そう、この作品の好きな点の一つは間違いなく
劇中の音楽の格好良くクールな点。

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