elude丸

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マインクラフトが教育に良いとか。いや、ゲームそのものが教育に良い

      2018/04/07


Minecraftが最近教育部門で大変興味を持たれてるとか…

以前、友人と話していてゲームの話題で大いに盛り上がった話があります。
そんな盛り上がった友だちの話というのが

「ゲームって、結構勉強の役に立つと思うんだよね」

私もこの意見には多いに賛同。結果として否定する者がいなかったことで盛り上がった訳です。

さて、どうしてこんな話をさせて頂いたかというと
先日、ニュースにて下のような記事が取り上げられたからです。

小学生に拡がる“マイクラ”ブーム、その教育的効果とは

Minecraft

皆さんは「Minecraft」(マインクラフト)というゲームを知っているでしょうか?
世界的なムーブメントを起こしたサンドボックスゲームの金字塔。
アメリカの小さなゲーム開発会社が制作したこのゲーム。
初期の頃は資金を集めるためにプレビュー版を破格の値段で提供し、その後バージョンがあがるたびに
価格帯を見直しつつ製品版へとバージョンアップを繰り返すという形でゲームの提供を続けました。
結構これでも斬新で、早い内に購入すれば安価で楽しめる訳です。

私が実際に購入したのは、確か「1000円前後」だったと記憶しています。

周囲から面白いと危機及びこれは急いで手を出して置いが方が良いな!
ということで、製品版が出る以前に購入させて頂いた訳です。

体験版の頃とは違い。今では様々なプラットフォームにてゲームが展開されており
ゲーム一本で世界が大きく動いたと言えます。……話は少し逸れるがゲーム開発はだからこそ企画勝負だと思える訳です。

そんなマインクラフトというゲームプレイには明確な目標はありません
ストーリーもなければ、グラフィックもお世辞抜きで良くありません。
角ばったブロックに、角ばった武器に角ばった道具を使い。動かしてるキャラだって直方体で構成されています。
「直角愛好者」には嬉しい環境でしょうが、時には曲線も見たくなるほど
すべての物が直角の箱によって描かれています。なのに世界規模で大人気なのです。

そんな角ばったMinecraftだけが教育の良いのでしょうか?

ある意味で、「積み木」というものに近いからなのかもしれません。
想像豊かにブロックを組み合わせて、モノ作りを楽しめる空間がマインクラフトにはあります。
だかこそ「サンドボックス」=「砂場」というジャンルに位置づけられているのでしょう。
記事内の言葉を抜粋させていただくと

この世界でどうやってモノを動かせば建物やアイテムが作りだせるのかを理解し、頭の中で想像した自分だけの“作りたいモノ”や“理想の世界”を試行錯誤しながら生み出し、友だちと話し合いながらこの世界での楽しみ方を創り出していくという創意工夫によって生み出されるゲームであり、こうした理解力や想像力、仲間との協調性を育むことができる点が、教育的な観点からも有効だと考えられているのです。

という風に紹介しています。

これは「Minecraftだから教育に良い」と狭い範囲だけの効果でしょうか?
いやいや、上記で紹介した友人の言葉のように「ゲーム全体」が教育に良いのではないでしょうか。
私はそう考えています。

では、どうしてそう考えるのか、友人の言葉を膨らませて、私の考えを述べさせて頂きます。

例えば、格闘ゲームというジャンル。人気ジャンルで2D、3Dのゲームがいくつも出ています。
これのどこが教育に良いのか? 理由は単純明快で勝ち負けがハッキリしていることです。
勝ち負けをしっかりと決めることで、競争心が養われ上昇志向が生まれます。
それとは別に、格闘ゲームは上級者になると、どうやって相手の裏をかき、自分の得意分野へと持ち込むか。
そんな心理戦もありえます。相手の行動を予測したり、相手の戦い方を見極めたりという才能も必要。
これらは状況分析観察力の向上に繋がるし、格闘ゲームでは咄嗟の判断がモノを言う場面も多く、自然と判断力を養うことができるはずです。
また、程よい緊張感を味わうことで、プレッシャー強い心が伴う。

とは言うものの私は格闘ゲームが苦手です。
根本的にフレームを読むことができず、瞬発力もないため防御が間に合わず
ボッコボコにされるのです。
しかし、苦手であることを知ることができれば、次のステップへと進めます。
別の道を探すのもそうですし、苦手ながら努力をすることもできるでしょう。

では、他のジャンルからRPGはどうか。RPGは資源管理の重要性が担えるはずです。
町から次の町への移動。道中は敵だらけで戦闘は避けられない。
そんな時、強力な魔法はどの段階で出すのか。どんな敵の時に出すのか。
回復魔法は多用するべきか。薬草でカバーするべきなのか。
現在使える様々な資源(魔法やアイテムなど)を確認し、それらを有効に利用するための知恵が必要となる訳です。

現状、テーブルの上にあるものだけでどのように管理し
どのように目標へと進むべきなのか。そんな管理能力を担うことができるはずなのです。
リソースを見極め、どこにどれだけ配分するのか。そんな判断の勉強に役立つはずです。
さらにより良いシナリオならばユーザーの心にも届き、心を養うこともできるでしょう。

他にもFPS。一人称視点シューティングと言われるもので
銃を撃ちあうスリリングな内容が「ゲーム=悪」の槍玉に挙げられることが少なくありません。
こちらも格闘ゲームに通じて、状況分析や観察力。
そして何より、戦術、戦略の部分で勉強することができます。
特にオンラインでの対戦モノとなると、その瞬間的、刹那的な判断の良し悪しは
戦績に直結するため、大いに精神が磨かれることでしょう。
チームプレイが必須となると、コミュニケーション能力も必要になります。

メタルギアソリッド5 ファントムペイン」では
目標へとどのようなアプローチを行うのか
多くの取捨選択を行い必要な装備や人員の確保
敵に期せずして見つかった時の緊急時の対処など。
いろいろなことを学べると共に、奥深いドラマ性にはなんとも引き込まれます。

このように様々なゲームジャンルでユーザーは貴重な経験をすることで勉強することができます。
実際、昔からあるカードゲーム(トランプ)の遊びの多くは元を正せばギャンブルの遊びであったし
ボードゲームの将棋やチェスは戦争の軍略を練るための戦略ボードのコマでした。

しかしゲームにも悪い面っていうのはあるんじゃないの?

とはいえ、良い面ばかりではないことも知って置かなければなりません。
残念ながらゲームには悪い側面もあります。

例えば、格闘ゲーム瞬間的判断や競争心が重要な要素であるためゲームプレイには人を選びます。
先程紹介したように私は瞬発力があまりなかったことから
防御などの反応が遅れることがあり格闘ゲームを苦手としています。
ホント、たしなむ程度にしか格闘ゲームは遊ばない。CPUの強さも並レベルでお腹いっぱいになります。

このように苦手な人と得意な人が格闘ゲームを楽しんだ場合、一方的な試合になるのは当然です。
勝った方はスカッとするでしょうが、負けた方はあまり気持ちの良いものではありません。
特に苦手だと分かっていて遊ぶ場合にはイジメに繋がりかねません。

RPGにもそれはあるでしょう。最近は次のイベントポイントを示すガイドが充実しています。
そのため、ゲーム内の会話を読まなくても、なんとなくでもクリアできてしまいます。
結果、「無駄な話、いらないからイベント進ませろ」という言葉の冗長を生み出し
冒険する楽しみ自体が失われているように感じる瞬間も少なくありません。

FPSは言うまでもないでしょう。ゲームのリアル化が加速した結果
アメリカなどでは実際の事件にまで発展するケースが起こっていると言えます。
嘆かわしいことですが実際にある事実で、これらから目を背ける訳にはいかないのです。

それでも、私はゲームは教育に良い。と言いたいと考えます。

頑なに教育に良いていうけど悪い面があるのがどこが良いのよ

結局のところ、「ゲーム」というものも本やテレビなどと同じように
与えられるコンテンツ群の一つでしかないのです。

コンテンツ群はそれらを取り扱えるかどうかの判断基準が
備わっているどうかが一つの基準になっています。
日本では「コンピュータエンターテインメントレーティング機構」(略称:CERO)がその判断基準を元に
対象者を絞った形をわかりやすく明示し、対象年齢を絞る形で発売しています。

しかし、今現在。それをしっかりと守っている家族というのがどれだけいるのでしょうか?
子供に求められるまま、小さい子供に「コール オブ デューティ」などのFPSを与えたり
人を簡単に殺すようなゲームを与えてはいないでしょうか?

また、親がそれを遊んでいる姿を子供に見せるのも、私個人的にはナンセンスだと思っています。
子供たちがそれらを遊ばないからと言って安心して良いとは思えません。
大人が遊ぶ姿を見せていては、それに興味が移り、自然と遊びたくなります。
親の真似事をしたいのは子供の性であり、親がやっていることに興味を持つものだからです。

教育というのは、”人”という種がこれまで培ってきた経験の
集合体をこれからの”人”へと伝える行為。だと私は考えます。
では、ゲームの悪い面もしっかりと教育し、繰り返さないようにすることこそ
教育と言えるのではないでしょうか。

だったら、しっかりと子供達のことを考え
どんなコンテンツを、どの年齢で与えるべきなのか。
しっかりと親が判断しなければならない。それが親の責任であると思うんです。

Minecraftが教育に良い、と浮かれるのではなく、ゲーム事態をコンテンツと認め
ゲームの中から学べるものがあることを知り、悪い面もあることを認め
親が子供へとゲームを与えることから逃げてはならないのではないでしょうか。
上記で示したようにゲームには様々に学べることがあります。
その義務から親は逃げてはならないと、私は考えている訳です。

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