elude丸

日々の思い描くことをツラツラと綴るブログ

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脳内会議って自分の中の抑制でもあり思考を巡らす力になる

   


「脳内会議」は貴方の中で中立を保つための抑制機関かも?

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「脳内会議」ってみなさんは知ってますか?
脳内ポイズンベリー」やディズニーの「インサイドヘッド」など
映画に取り上げられ、いろいろと話題になっているもので

脳内で様々な事を話し合いながらも
1つの結論へと向かうために”私”という存在が最善の結果を出すための会議。
ある意味で、人間を人間足らしめる思考と選択へのシュミレーションを行う思慮のこと。

私だって脳内会議を行う。よく使うのは気になるゲームを買うかどうかだw
今後気になるゲームをまとめてどれを購入して、どれを見送るのか。
そんな考えをする時には脳内会議を行う。

会議に登場する”私”は簡略化すると
プレゼンする”私”反対弁論する”私”、あとは議決権を持つ”私”
この三人で思慮し議決を行う。
人によっては中立な立場の”私”がいたり学術的見地から考察する”私”などいたりするだろうw

まずはそのゲームの良い点を公開されているPVや公式サイトから確認し
ゲーム性が面白そう、斬新なシステム、キャラが可愛いなど
さまざまなポジティブ意見を並べ連ねていく。

その後、反対弁論側の”私”がそれに対してのカウンター意見を並べていく。
見ていたPVからは粗を探し斬新なシステムには他に似ていた作品がないか
キャラが可愛いが胸はどうか、などなど。ここでネガティブな意見を並べ連ねていく。

そして、最終的に議決権を持つ”私”がそれらを決定し
その判断に”私”は従い購入を行う。

当然ではあるが、やっているのはすべて”私”だ。
時には思い悩むこともあれば、判断を間違えてクソゲームを遊ぶはめになることもあるw

購入商品を決定するためだけに脳内会議は存在しない

とは言え、判断は自分で下している
プレゼンして批判を述べ、それでも議決権を失うことなく私自身が執行している。

何が言いたいのかというと、最近デモなどを行っている話題が多いに日本を賑わしている。
彼らには彼らなりの主張があり、それらを否定するつもりはないが
集会をし声高に叫ぶことだけを目的としてはいないか。
安易な外部からの見聞きした情報だけで、短絡的に結果を下していないか。そんな心配が私にはある

脳内会議というのは何もゲームの購入だけに使うものではない。
リベラルな精神を養うためにも重要なファクターだと、私は推察している。

右や左の意見を取り入れ、右の”私”。左の”私”を作り出し
右の”私”の主張はこう言っているが左の”私”の対案はこういうものだ。
だったら、この部分が理解できるけど、この部分には疑問が残る。そんな議決権を持つ”私”が判断を下す。

こんな風に両方の意見を取り入れ
頭の中で情報を整理し、脳内会議にて両方を見極めた人間となるためにも
脳内会議というのは有用な仕組みであると言える。

そんな脳内会議がしっかりとできていれば、頭ごなしのデモには発展しなかっただろう。
確かに強烈なキーワードを取り上げてみると、する、しない。の判断では
脳内会議の議決は「しない」に決まるだろうが、どうして「する」という根拠に至ったのか。
明らかに「しない」という判断を行った人の反対弁論が弱い気が私にはする。

いや、カウンター意見を述べるまもなく
まるで賄賂や買収されている法廷のように
元からネガティブな意見を取り入れないようにして即決にて議決権が発動されている。
そんな気がして私にはならない。

脳内会議というのは、よくアニメなどで茶化したように演出されているが
決してコメディな代物ではない。
脳内会議というのは自分の中にあるリベラルな意識を持とうという抑制効果でもあるのだ。
脳内会議を成立させるには、どうしてもポジティブな意見だけではなく。
ネガティブな意見も同時に取り入れなければならない。
知りたくない話もあるだろうが、それらも含めて物事を多角的に見るからこそ
脳内会議は成立しリベラルな判断を行えるようになる。

まとめ系サイトで簡易的で安易な答えばかりを求めていては
正常な脳内会議などままならないだろう。
一度自分の中の脳内会議が正常に行えているのか、頭の中に立ち返って脳内の”私”と話し合って欲しい。
私はそう感じずにはいられない。

あ、ゲームを買うときは無理やりポジティブシンキングもありw
そういう時は”お布施”という名目で諦めている。

 - ヨモヤマ