elude丸

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MGS5:TPPで起こっている怪奇な現象に考えられる要因を推察

      2015/11/11


MGS5:TPPのエンディングに巻き起こっている問題って

mgs5_tpp
©2015 Konami Digital Entertainment

現在、「メタルギアソリッド5:ファントムペイン」(略、MGS5:TPP)にて面白い。
いや、開発陣営としては驚くべき現象。本当に奇異な現象が起きている。

それは、ゲームプレイ中は絶賛の嵐によってユーザーに受け入れられ多いに評価が高かったのだが
ゲームクリアと共に多くのユーザーから不満の爆発。
結果、評価を大きく下げることになっている。

Amazonの評価もここ最近では星の数が1~2程度が散見できてしまうほど

では、私のMGS5:TPPについての評価はというとこちらで
MGS5:TPPをクリアした時に書いたように
正直言って、両手を上げて評価するものではないが“裏切られた感”は微塵もなかった。

では、どうしてユーザーの多くがそんな風に“裏切られた”と感じているのか
いろいろと紐解いて考えてみる。

キャッチコピー「悪に堕ちる。復讐の為に。」との乖離

まず、Amazonのレビューで散見できた意見としては「悪へと堕ちる」という広告文で
もっと、ショッキングな出来事がありビックボスが狂っていく状況についての系譜が語られると
想像していた人がいるからだろう。

しかし、私個人で言わせれば声帯虫が撲滅できずに仲間に感染
救えない仲間を一人ひとり射殺していくあのイベント終わりに
ビッグボスの姿に対して演出として、まさに悪鬼となる姿が演出として盛り込まれている。

この演出で言いたかったのは、ここからが悪への始まり、という系譜のスタートを意味している。
悪鬼となりながらも仲間を守っていくというビックボスの決意の現れ
そういう切っ掛けの瞬間だったというもの。

広告文では「悪へと堕ちる」と言われているが
その堕ちる過程をすべてを演出として盛り込むとは謳ってはいない。
とは言え、だったら広告文として「悪へと堕ちるまでの過程」としなかったのか。
1つに歯切れが悪いからであり、広告文としての掴みは弱くなる。
端的に、そして歯切れよくするためにはこの広告文でしかなかったのだろう。

まあ、とは言え広告文に煽りすぎているのは一つある。
私なら「悪への一歩がここからはじまる。系譜の始まりを体感する」とかではないだろうか?

真実によって明かされるビックボスの姿とは?

あと、ビックボスが実は……。という演出だが
私個人としては、まったく驚くほどではなかった。

というのも、ゲームをプレイしながら、いろいろと不可思議なことが幾つかあった。
それらの不可思議な演出によって、私の中ではゲームプレイをしながら疑惑の視線を拭えずにはいたのだ。
つまり、ゲームプレイ中からしっかりとゲームに向き合っていれば
誰もがその不可思議な演出に疑惑と疑念の心が生まれなければならなかった。

どんな不可思議な演出があったのか上記で紹介した「MGS5:TPP」のレビューでも書いているが
チュートリアルでもある病院にて、包帯男が脱出を手助けしたあと、突如として姿を消す。

これに対して「幻影を見ることがある」という解説によって
多くの人が「ああ、あの包帯男も幻影なんだ」と信じこまされる。
これに一役買っているのが、一緒に登場する燃える男とガスマスクの少年である。
彼らもその後に姿を消すことから、彼らもまた幻影なんだと認識が深まる。

しかし、これはユーザーを間違った方へと導くためのミスリードの演出である。
その後の展開で、このミスリードに関して疑問を挟めるように演出がされている。
それは燃える男とガスマスクの少年に関して、オセロット達の録音データで全員が認識していることを知り
「幻影ではなかった」と認識することができる。
この時に、「ではあの包帯男も?」と疑惑を浮かべなければならないのだ。
そして、危機的状況を乗り切る機転と技術を持ったあの男とは?

そういう推理、推察がユーザーの中で巻き起こることを開発陣営
小島監督としては持たせたかったのではないだろうか?

しかし、蓋を明けてみると裏切られたという言葉。

今回のような演出は小説ではどんでん返しとして使われる手法の一つ
主人公自体が犯人であった。なんて、小説では使い古された手だろう。
これらを理解しなかった、裏切られたと感じ不満点を述べるユーザーには
物語を深くまで推察していないのでは?という疑問が私には浮かぶ。

ゲームということで、ストーリーを追いかけず
上辺だけをプレイをして楽しんでいた弊害ではないだろうか。
今回のMGS5:TPPにおいては音声アーカイブ形式で情報のヒントは与えられており
これらを聴き。これまでプレイしてきたことに対してしっかりと追いかけていれば
ミスリードのままエンディングを迎えることなどなかったように感じる。

今回の最後まで明確な答えを見せなかったのはある意味で小島監督からの警鐘のように
わたしは受け捉えている。

というのも、ゲームはプレイするものではなるが
昨今、ゲーム内でのナビゲーションなどが進化しストーリーを追いかけなくても
必要な場所、モノ、キャラ。などが自動でナビゲーションされるものが増えてきている。

あそこに行き、あのアイテムを使い、あの装備を見付け。
これらを簡単にナビゲーションが指示をし、それに従うだけでゲームがクリアできてしまう。
そうなった時、物語などは付加価値でしかなくなってしまう。

そうではなく、物語を追いかけながらゲームをプレイすることこそが楽しい。ということを
小島監督なりに伝えたかったのではないかと。推察している。

裏切られたと感じる人は、上辺だけでゲームをプレイしてないだろうか。
ただただ、ナビゲーションに言われるままゲームをプレイしていなかっただろうか?
しっかりとストーリーを追いかけ、演出に関して観察していれば
こんな誤った採点することもなかったのでは?と思っている。

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